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アスカの部屋のドアが静かに開き、よそ行きの服装に身を固めたアスカが顔を出したのは、僕が彼女の部屋の前に近づいた時だった。
「アスカ・・・」
薄い緑のスーツとレモンイエローのリボンを胸元に結んだアスカは、表情も固く僕を見つめていた。
それは、僕が母さんの命日に、アスカが他の人とデートしていた時に着ていた服だった。
「何よ・・・出かけるんでしょ?」
アスカが冷ややかに僕を見据える。
「う、うん・・・」
僕はそのアスカの纏う雰囲気に飲まれ、まともな言葉が発せなかった。
「さっさと支度なさいよ。 全然準備出来てないじゃない。」
アスカの非難する声がリビングに響き、僕は押し出されるように自分の部屋へと戻った。
僕は着慣れないグレーのスーツを取り出して袖を通し、ネクタイを締めた。
何とも似合わない格好だと思う。 しかし、アスカの服装に合わせていた方が良いように思えた。
その姿を見て、アスカは静かに頷いた。
「さぁ、行きましょ。」
それ以来、アスカは押し黙ったまま何も言わず、静かに僕の後を付いてきた。
ひとりぼっちの戦争
Nowhere soldier
B-part ふれあい・・・そして、戦い
Tomyu.S
「此処だよ・・・」
僕は、アスカを連れてリニアを乗り継ぎ、第三新東京郊外の公園へと案内した。
遠くに第三新東京市が一望できる閑静な自然公園。
緑が多く生い茂り、芝生が青々と広がる中を、僕はアスカと一緒に歩いた。
「何があるのよ・・・?」
押し黙っていたアスカが、ようやく口を開いた。
「僕にとって大事な場所だよ。」
長年訪れることはなかった。 久しぶりに訪れた時は、父さんも一緒だった。
緑の小径を抜けると、其処には多くの墓標が立ち並んでいた。
セカンドインパクトで失われた数多くの命・・・その御霊が永遠の眠りに就く場所。 その一つが母さんの墓標だった。
「あんたのママの墓・・・?」
アスカは母さんの墓標を見ると怪訝そうに僕を見た。
「うん・・・アスカに、どうしても聞いて欲しく連れてきた。」
僕は墓標の前に座って、真っ直ぐ石の柱を見つめた。
他に誰もいない、二人だけの場所。 だから、僕は自分の気持ちを素直に打ち明けられるような気がした。
「この墓に、母さんの亡骸はないんだ。 あるのは単なる記号としての墓があるだけ。」
僕は静かに話を続けた。
父さんは言った。
この墓標に意味はないと・・・全ては心の中に存在するのだと。
母さんの生きた証も、母さんの記憶も、全ては父さんや僕、冬月先生の心の中に存在するのだと。
そういった意味で、母さんは永久に生き続けているのだと。
僕には理解できなかった。 初号機には、確かに母さんの存在を感じたのだから。
魂の入れ物としての肉体はなくても、母さんの魂は、間違いなく存在していた。
僕が初号機にシンクロできるのも、親子の絆が存在していたからだ。
アスカが弐号機とシンクロできるように。
人造人間であるエヴァが、自分の念じる通りに動くのも、そのシンクロを助ける母さんが居るからだと言うことを、僕は初号機と同化している時に知らされた。
「アスカ・・・君は一人じゃないんだよ。 いつも君の母さんが、見守っている。 そのことを、どうしても伝えておきたくて・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アスカは何も言わず、黙って墓標を見つめ続けた。
「僕も、初号機に取り込まれるまで気が付かなかった。 何もかも、自分の力で出来ると思いこんでいたんだ。 だから、いつも自分一人で戦っている気になっていた。」
その時、アスカの顔が僕の方へ向いた。
その瑠璃色の瞳は、大きく見開かれ、僕の姿がはっきりと映っていた。
「僕は馬鹿で卑怯で、本当に駄目な奴だと思った。 今まで、ずっと一人で戦っている気になって、アスカが何を思っていたのか、全く考えなかった。」
僕は両手を大地につけた。
「本当にごめん! こんなことしか言えないけど、僕は思い上がっていた。 アスカに沢山助けられたのに・・・そんなことも気づかないで、アスカを傷つけてた。」
許してもらえるとも思えない。
だけど、自分の思い上がった行動で、アスカの心を傷つけたことを謝りたかった。
「ごめん・・・本当にごめん!!・・・僕は・・・」
僕は思いの丈を言葉にしていたつもりだったが、それ以上言葉にならなかった。
格好悪く、無様なことなのかもしれない。 それでも僕は大事な仲間を失いたくはなかった。
もしもアスカが、まだエヴァのパイロットで居てくれるなら、今度こそアスカの力になりたかった。
アスカを脅かす存在になるのではなく、アスカを元気づける存在になりたい。
心からそう思った。
「手を上げなさいよ。 みっともない!」
アスカの声が聞こえてきた。
呆れたように呟いて、僕のスーツの膝についた汚れを払い落としてくれるアスカが居た。
それまでの虚ろな眼差しのアスカは何処にも居なかった。
「本当に悪いって思うなら、誠意を見せなさいよ! でなきゃ、信じてあげない!」
瑠璃色の瞳に強い光を宿してアスカは僕を見つめていた。
しかし、アスカがいったい何を期待しているのか、僕には分からなかった。
だから・・・
「もう、一人で背負ったりしない・・・だからアスカ・・・これからも一緒に!」
僕はアスカの腕を握りしめた。 マグマの中で、弐号機を掴んだように。
「76点っ!!」
大きな声が聞こえ、僕は驚いて彼女を見つめた。
僕の視界いっぱいに映るアスカが、久しぶりに笑っていた。
「えっ・・・?」
僕は一瞬、理解に苦しんだ。
「まぁ、バカシンジにしては、上出来よ・・・そんなにわたしが大事なのは分かったら、合格にしてあげるわ。」
アスカが僕の手を握り返して笑顔を見せていた。
「わ、悪かったな!」
僕は自分の顔が真っ赤になっているのを自覚して、思わず声を張り上げた。
「まだまだ未熟ね。 もう少し、男を磨かないと加持さんのレベルには追いつかないわよ。」
アスカが、からかうように僕に言い放った。
その言葉に僕は気を悪くした。 自分の本当の気持ちを打ち明けたと言うのに・・・
恥ずかしさと悔しさが入り交じって、僕は思わず言い返した。
「僕は加持さんじゃないよ。 僕は僕なりにアスカを・・・」
思わず口走った言葉。 売り言葉に買い言葉だった。
アスカの表情が瞬時に固くなり、僕を見据える。
「わたしを・・・どうするのよ?」
「な、何でもないよ!」
加持さんと比較されてしまうのは、いつものことなのに。 慣れてるはずなのに、思わず言い返してしまった。
それがどうしてなのか、分からなかった。
アスカには元気になって欲しかった。 でも、その気持ちは、同じ仲間としての気持ち・・・そう思っていた。
一人の女性としてじゃない・・・はずだった。
しかし、アスカは追及の手を緩めなかった。
「あんた・・・このわたしのこと、好きなんでしょ?」
いきなり投げ込まれた爆弾。 それは、僕の心の中で大爆発を引き起こした。
自分でも理解できない気持ちが、津波のように押し寄せ、僕は狼狽えた。
どうしてこんなに慌てるのか理解できない位に慌てていた。
「そそそ、そんなこと・・・ あああ、あり得ないよっ! だ、だって・・・あ、アスカは・・・」
僕はもう訳が分からなくなった。
ムキになる必要なんてなかったのに・・・だけど、きっと心のどこかで思っていたんだ。
恋人にするなら、アスカのような女の子が良いって・・・
でも、僕に恋人だなんて、考えもしなかった。
自分に恋人なんか出来るはずがない。 僕はずっと一人でいるのが、お似合いだと思っていたから。
それにアスカが好きなのは、加持さんなんだ。 僕じゃない。
なのに、どうしてさっきあんなことを言ってしまったのだろう。 僕は言葉に言い表すことが出来ずに俯いた。
まともにアスカの顔を見ることが出来なくなっていた。
「ちょっと・・・そこは、軽く流すところよ・・・」
アスカの声が僅かに上ずっていた。
ようやく顔を上げた僕の前に飛び込んできたのは、顔を真っ赤にして俯いているアスカが居た。
「そんなこと・・・できないよ。」
僕は静かに呟いた。 自分がこんなに狼狽えるくらいに大事なことだった。
冗談で済ませられることと、済ませられないことがある。 少なくとも僕にとって、アスカのことは後者の方。
「だって、僕はアスカが好きだから・・・同じエヴァのパイロットとして、同居人として・・・アスカが好きだから・・・元気なアスカを傍で見ていたいから・・・」
今、僕が言える精一杯の言葉だった。
もし、このアスカへの気持ちが恋愛感情であったなら、改めてアスカに気持ちを伝えたいと思った。
「ねぇ、シンジ・・・」
アスカがにっこりと微笑んだ。
「折角だから、もうちょっと二人で居ようよ・・・どこか行きたい。」
見下すような冷笑でも、不敵な笑みでもない、穏やかな微笑み。
アスカは微笑むとこんなに可愛いんだ・・・僕は初めて見るアスカのこの表情に心を躍らせていた。
「うん・・・」
僕は、思い切って手を伸ばしてみた。 こうして自分から手を伸ばすなんて、新鮮だった。
その手をそっと握り返す優しい感触が伝わった。 ちょっぴり冷たく、そして柔らかいアスカの手。
アスカって、こんなに細かったんだ。
僕はもっと強くアスカを感じていたいと思った。
「行こう・・・」
「うん!」
その日、僕とアスカは二人だけの時間を心ゆくまで過ごした。
その日のテストで、アスカのシンクロ率は、過去最高を記録した。
自己ベストを更新したアスカは、2回目・3回目のテストでも、80%台のシンクロ率を叩き出した。
《いったい何があったのよ!?》
テストプラグの中に、ミサトさんの驚く声が聞こえてくる。
《スランプを乗り越えただけよ! ガタガタ言うんじゃないわよっ!》
アスカの啖呵が聞こえてきた。 もう、アスカは大丈夫。 僕はそう確信した。
3回目のテストを終了して、待機所の椅子に腰掛け休憩している僕の前に、アスカが軽い足取りでやって来た。
「これで、首位奪還ね! おあいにく様!」
僕の前に立ちはだかり、鼻を軽く指で弾いたアスカは満足そうに微笑んだ。
「はいはい。 エースは君だよ。 無敵のアスカさまっ!」
僕も負けじと言い返した。 次の試験では、また逆転するからと暗に言葉を込めて。
「むーっ! 言うようになったじゃない。 バカシンジの癖に。」
アスカが僕の紅茶色になった髪をキュッと引っ張った。
「ちょっとくらい、初号機と融合したからって、余裕かましてるんじゃないわよ。」
口ではそう言ってはいるものの、その瑠璃色の瞳は笑っていた。
初号機からサルベージを受ける際に、茶色くなった僕の髪はアスカと同じ色をしている。
そんな僕の髪と、自分の長い髪と色比べをするアスカが、いつになく可愛らしく思えた。
ネルフでのシンクロ試験。 それは、今まで経験したことのない程楽しかった。
アスカとの他愛のないやりとりが、とても新鮮だった。
試験が終了し次の試験が始まるまでの待機中に、プラグスーツ姿のまま、ああでもないこうでもないと言い合うこと。 それは今まで殆どなかった。
日が経つにつれ、僕はどんどんアスカを、一人の女の子として見るようになっていた。
その時、僕たちの前を、真っ白なプラグスーツを着た綾波が静かに通り過ぎていった。
僕たちとの接触を避けるように、言葉も足音もなく、綾波は通り過ぎていく。
「綾波!」
僕は椅子から立ち上がり、彼女に声を掛けた。
「・・・・何・・・・?」
ルビーのような瞳を向けて、綾波は僕を見据える。 その瞳からは何の感情も読みとることは出来なかった。
僕は椅子から立ち上がって、立ち止まっている綾波に近づこうとした。
その瞬間、僕の腕を強く握りしめる手があった。
深紅のプラグスーツに包まれた手が、僕の腕を強く掴んでいた。
「アスカ・・・」
アスカが僕を見つめ、何度も顔を横に振る。
それはまるで、怯えた幼い子供のようにも見えた。
「・・・・違うよ・・・アスカ・・・そうじゃない・・・」
僕はアスカの気持ちを自然に理解していた。 アスカは一方的に綾波を嫌っている。
だけど、僕はまだ綾波には謝っていない。 アスカ以上に甘えてしまった相手なんだ。
僕はアスカに精一杯の笑顔を見せて頷いて見せ、ゆっくりとアスカの手を振り解いた。
「綾波・・・僕は、初号機の中で母さんに会ったよ・・・」
僕は、綾波に近づいて、あの時のことを話した。
何も言わず、黙って僕を見据える紅玉の瞳に、僕は言葉を紡いだ。
「母さんが教えてくれた。 エヴァは人の心に共鳴して動くものだって。 僕はそのことに気づかなかった。」
「そう・・・」
綾波はそう呟いただけだった。
だけど僕は、自分の正直な気持ちを言葉に乗せていた。 避けては通れぬこと。
「綾波はいつも僕に教えてくれていたのに、僕は今までそのことに気づかないで、君やアスカに甘えていた。 特に綾波には、僕は母さんの姿を映していた。 綾波は綾波なのに・・・母さんじゃないのに・・・」
僕は綾波に頭を下げた。
「ごめんよ・・・本当にごめん。」
その時、僕はすぐ傍に綾波の気配を感じた。
冷たい手のひらの感触が、僕の頬を撫でる。
「碇君・・・あなたは優しい人・・・あの人と同じ、優しい人・・・でも、あなたは、あの人とは違う・・・あの人にはない、強さがある・・・弱くなんかない。 あなたは強い人・・・」
透き通るような綾波の声が、待機所に響いた。
「私は、そんなあなたを守るように、命令された。 未熟な心を導くように・・・でも・・・」
それだけ言うと、綾波は待機室に僕とアスカだけを残すように出て行ってしまった。
「な、何なのよ? いったい!?」
アスカがいかにも不機嫌そうに答えた。 怒っているのは僕にも分かる。
「自分一人で全てをしょっちゃったような言い方してさっ!!」
アスカはロッカーの扉を思い切り蹴飛ばした。
薄っぺらいスチール製のロッカーの扉はぐにゃりと曲がり、アスカの怒っている度合いが手に取るように分かった。
「アスカ・・・」
僕は背後から赤いプラグスーツの肩に手を触れた。 怒りの矛先は僕に向けられるかもしれない。
だけど、それが僕たちチルドレンなんだ。 ミサトさんの指揮の下で一緒に動いているけれど、みんなバラバラ。 一緒に何かをやり遂げるという気持ちは本当になかった。
そんな中で、僕には何が出来るのだろう?
何ら答えが見いだせないまま、僕はアスカの肩に手を触れた。
「うん・・・分かってる・・・分かってるのよ・・・」
アスカが僕に背を向けたまま呟いた。
「ファーストが、あんたを守ろうって考えて行動していることくらい・・・エヴァに乗ること以外に他に生き方を知らないことくらい・・・」
アスカの細い肩が震えていた。 自分の中で蓄え続けていた思いを迸らせるように。
「だから、ムカツクのよっ!! 何でも自分一人で背負い込んでっ! 自分でなんでも片づけようとしてっ!! 本当にムカツクのよっ!!」
「・・・自分を見てるようだから?」
それは僕にも言えること。 みんなみんな一人で戦っている。
どうやって相手に頼って良いのか分からないから・・・自分だけの力で困難に立ち向かうことを望まれてきたから。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アスカは、その言葉にぴくりと反応したまま動かなくなった。
「ねぇ、アスカ・・・これからの戦いで、僕には何ができるかな? アスカは何ができるかな?」
なんとも抽象的な質問だと思う。 だけど、これからどの位戦いが続くのか分からない。
今まで以上に強い使徒が、どれだけ現われるのか分からない。 だから一緒に考えたかった。
仲間として・・・
「そのことを・・・一緒に考えないか・・・綾波のことも含めて・・・」
少なくともアスカとは、こうして分かり合うことができたと思う。
だから、もう一人じゃない。 二人で手を携えて戦っていけるんじゃないかと僕は思った。
その思いが願望ではありませんように・・・
その時、アスカがゆっくりと僕の方に振り返った。
「あんた、やっぱり変わったわ・・・初号機に取り込まれて・・・」
僕の紅茶色の髪を触れていた指が、静かに下に滑り、僕の頬を何度も撫でる。
「変わったのは髪の色だけじゃないのね・・・ファーストの言うことを認めるのは悔しいけど、本当に強くなってる。」
その瑠璃色の瞳には、今までにない程の優しさが満ち溢れていた。
「良いよ、シンジ。 少しは成長したところを、わたしに見せてよ・・・」
気が付けば、僕とアスカの距離は限りなく近づいていた。
交わす言葉は囁くような声になっていて、その言葉が心地良く耳をくすぐっていく。
こんなにアスカを近くで感じたのは、これで3回目だった。
初めての時は、僕から近づいた。 ユニゾン訓練の最終日、寝ぼけて僕の布団に入ってきたアスカの唇に僕は惹かれた。
キスしたいと思った。
間近で見る女の子の顔・・・それはとても可愛く綺麗で、触れてみたいと思った。
だけどその瞳から流れ出る涙と「ママ・・・」と呟くアスカの言葉に、僕は何もできなかった。
二回目は母さんの墓参りに行った日だ。 アスカの挑発に乗り、彼女に言われて息を止めた瞬間、鼻をつままれてアスカがキスをしてきた。
ただ苦しかっただけのキス。 恋愛感情も、アスカへの気持ちもない、ただの接近。
僕は鼻と口をアスカに押さえられ、苦しさに耐えていた。
どうしてこんなことをするのだろう? 加持さんが振り向いてくれないから?
遠ざかる意識の中で、僕はひたすら考えていた。
だけど、今はそれまでとは違う。
手を携えて生きていきたい相手。 頼れる仲間。 自分にもっとも近しい他人。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
この時僕は、本当にアスカを身近で感じていた。 プラグスーツ越しに感じるアスカの温もりが訳もなく愛しかった。
背中に回されたアスカの腕が強く僕を抱きしめる。
強くて儚い相手。 ずっと守り続けていきたい存在。 それが彼女(なんだと僕はこの時思い知った。
このまま、時が止まってしまえばいい・・・何もかも忘れて、目の前にいる相手のことだけを考えていたい。
僕はアスカの温もりを感じながら、そう願った。
その時。
ネルフ本部にけたたましい警報が鳴り響いた。
《第三衛星軌道上に未確認物体接近中! 総員直ちに戦闘配置! 繰り返す、直ちに戦闘配置!!》
待機所の前の通路を、駆け抜ける人達の足音が聞こえてきた。
飛び交う怒号と指示と復唱の声。
それがまさに現実であることを、僕たちに知らしめていた。
「何・・・使徒なの?」
僕の腕の中で顔を上げたアスカが、周囲を見回した。
二人だけの世界から現実の世界に引き戻されるのに、さしたる時間は掛からなかった。
しかし、頭と体はこの時別々に動いていたみたいで、僕とアスカはぴったりと抱きしめ合っていたままだった。
その時、勢い良くドアが開け放たれ、ミサトさんが飛び込んできた。
「アスカッ! 弐号機を出すわよっ! 準備急いっ・・・・」
その直後ミサトさんの目が大きく見開いたのを、僕たちは見逃さなかった。
「わわわっ!!」
僕とアスカは、弾かれるようにお互いから離れた。 と言うよりは、僕はアスカに突き飛ばされたらしい。
もんどり打って床にひっくり返り、視界がくるりと一回転した。
「何すんのよっ! このエッチ! バカ! 変態っ!!」
アスカの激しい罵声が僕の上から降り注がれた。
「今度、こんなことしたら、本当にぶっ飛ばすからねっ!!」
憤怒の顔も明らかに、アスカは僕を睨み付け、ツイと僕に背を向けた。
その様子を呆気にとられて見ていたミサトさんだったが、次の瞬間には、にやりと笑っていた。
「あらっ、良い雰囲気だったのね・・・でも、続きは後にして頂戴。」
「そ、そんなんじゃないわよっ! 変なこと言うんじゃないわよっ!!」
僕に背を向けるアスカの両手が真っ直ぐ下に伸ばされ、威勢良く声が張り上げられていた。
「話は後で聞くわ。 とにかくアスカ、発進準備を急いで。」
やはり僕たちとミサトさんじゃ、人生経験が違いすぎる。 僕とアスカが此処で何をしていたのか、完全に把握しているみたいだった。
抗弁するアスカを軽く受け流して、ミサトさんは僕へと振り返った。
「シンジ君・・・ちょっとアスカを借りるわよ。」
「だ、だから何度も言ってんじゃないっ! そんなんじゃないってばっ!!」
アスカが顔を真っ赤にして抗議している。
しかし、ミサトさんはアスカには取り合わず、言い掛けて口を開こうとしていた僕に右手を伸ばして制した。
「あなたの初号機は、まだ碇司令から凍結解除の許可が出てないから、アスカが帰ってくるのを待ってて頂戴。」
それは有無を言わせぬ口調だった。
初号機は使徒を捕食してS2機関を取り込んでいたため、あの戦闘以来凍結されていた。
確かに、初号機は今までの初号機とは違う。
永久機関とも言えるS2機関を取り込んだ初号機は、弐号機や零号機がそうであるように活動の制限時間がもうないのだ。
その恐るべき力は、ともすれば消滅した四号機のように、ネルフ本部そのものをディラックの海に放り込んでしまう危険性がある。
それがミサトさんが、僕に言い聞かせた言葉だった。
「でも!」
僕は納得できなかった。 いくらアスカが復調したといっても、使徒はどんどん強大になっているのだ。
ここ最近の戦闘で、エヴァが一機だけで使徒を殲滅したことはない。
敵の能力が分からないまま、迎撃戦をしなければならない以上、単独で出撃するのは危険きわまりない行為だと僕は思った。
しかし、ミサトさんはアスカの両肩を強く押さえてにっこりと微笑んだ。
「レイが、零号機で発進準備を整えている。 大丈夫。 スランプを脱出したエースは、きっとやってくれる。今まで以上にね。」
それは、希望でもなく確信に近い言葉のように僕には聞こえた。
確かにアスカの回復ぶりは目を見張るものだった。 来日した時以上に、今のアスカは安定している。
それでも僕は、気が気でならなかった。
決して自己主張している訳じゃない。 ただ、こうしてこれから一緒に戦うことを約束したのに、初号機の理由だけで出撃できないのは、アスカを裏切っているような後ろめたさを感じてしまうから。
もう一人じゃ戦わない・・・そう約束したのに。
「そんな顔すんじゃないわよ。 バカシンジ。」
アスカが穏やかな顔で僕を見つめた。
「ちょいと運動してくるだけよ。 あんたは、夕飯でも作って待ってなさいよ。」
僕に近づいたアスカは、僕の鼻をピンと指で弾いて微笑んだ。
「アスカ・・・」
「わたし、行ってくるね。」
そう言って、アスカは待機所を飛び出して行った。
その様子を黙って眺めていたミサトさんは、満足そうに頷いてアスカの後に続いて行く。
僕は、心が掻きむしられる思いを感じずにはいられなかった。
何か胸騒ぎがする。 言い知れぬ不安が僕の中を駆け抜けて行く。
それは使徒の目的も特徴も分からぬままに、戦いの場に臨まねばならないという不安でもあり、僕は居ても立ってもいられない気持ちに駆られていた。
そして、その時僕が抱いていた危惧は、それからしばらくした後に現実のものとなって、僕たちに降りかかってきた。
Produced on Sep.2nd '02
To be
continued
デニム「Tomyu.SさんからB-partをいただきました。ありがとうございます」(^^)
アスカ「さっすがシンジね。見事にこのアタシを復活させてくれたわ」v(^^)
デニム「おかげで二人の距離は急接近…といいたいところですが…」
アスカ「最後で雲行きが怪しくなってきたわねぇ」
デニム「状況判断からすると…やっぱりアレでしょうか?」(^^;
アスカ「アレよねぇ…なんか見るの躊躇っちゃうわ」(^^;
デニム「とにかく…期待しましょう。Tomyuさん。ありがとうございました」(^^)
Tomyu.Sさんの感想はこちらへお願いします。
tomyu.s@unsnerv.com
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