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星の光がこんなに綺麗だと知ったのは、何時の頃だろう。
それまで僕は、満足に天空を見上げることなどなかった。 戦うことに明け暮れ、使徒を倒すことだけを考え続けた僕が居た。
強くあること。 男でいること。
大人達はそれを求めていた。 どんな時でも、強大な使徒に立ち向かい、絶対的な勝利をもたらす。
それが、僕、『サード・チルドレン 碇シンジ』に求められていた。
その手足となる決戦兵器『エヴァンゲリオン』。 その初号機を操り、僕は多くの『使徒』を葬った。
人間になりきれない『人間』・・・それが攻めてくるから戦って、“殺す”・・・そこに良心の呵責などなかった。
そうしないと自分が殺されていた。 仲間が殺されていた。 僕の数少ない『仲間』が・・・
ひとりぼっちの戦争
Nowhere soldier
A-part ひとり・・・そして、ひとり
Tomyu.S
綾波・・・黙々と任務をこなす物静かな女性。 僕が窮地に陥った時、守ってくれた零号機のパイロット。
僕はきっと彼女に母さんの面影を見ていたのかもしれない。
アスカ・・・僕や綾波の分まで、元気で活発な女性。 僕と最も長く一緒に過ごしていた弐号機のパイロット。
僕は自分にないものを彼女の中に見出していた。
だけど、僕は一人で戦ってきた。 命令で共同作戦をとったり、アスカとユニゾン訓練をしていても、僕はやはり一人だった。
この第三新東京に来るまで、僕はただの中学生だった。
先生の世話になっていたと言っても、殆ど家にいない先生の家で、僕は何もかもを一人でやっていた。
寂しいという気持ちすら、もう湧かなかった。 一人で居ることに慣れてしまったから。
何もない、空気のような僕が其処にいる。
何のために生まれ、何のために生きるのか、その意味さえ僕には分からなかった。
スーパーに買い物に出かけ、自転車置き場で誤って自転車を将棋倒しにしても、誰も僕には目もくれない。
自分の自転車を倒された人が文句を言うだけ。
僕は、黙々と倒れた自転車を元通りに直していた。 あるのは冷ややかな眼差しと侮蔑の視線。
それがある日は、幸せなのかもしれない。 誰かが自分を見ているのだから。
友達も居ない僕。 数年後に顔を合わせても、きっと僕のことを覚えている人間など居ないだろう。
そんな僕に言葉なんて要らない。
『ごめん』という言葉さえ覚えていれば、それで全部通用した。
そんな僕に父さんから手紙が来たのは、あの夏の日のことだった。
『来い』というたった一言の手紙。 その手紙に引き寄せられるように、僕は第三新東京市にやって来ていた。
そして僕は、エヴァと出会った。
綾波レイと出会った。
闇夜に朧気に煌めく、月のような存在。
真っ白な雪のような肌と、青い髪・・・そしてルビーのように真っ赤な瞳が印象的だった。
口数も少なく、満足に会話すらしたことのない、零号機のパイロット。
彼女は僕が居ることを阻害しようとはしなかった。 しかし、肯定もしなかった。
僕の知らない父さんをよく知ってる存在に、僕は疎外感を覚えていた。
しかし、彼女もまた一人で戦っていた。 次々と怪我をしながら、その度に立ち上がってきた。
人間としての感情を表に出さない綾波に、僕は次第に自分の気持ちを前面に出すようになっていった。
それからトウジやケンスケと言った、次々と友達と呼べる人間が出来た。
そして、僕がエヴァに乗れば、みんなが僕を見てくれた。 至れり尽くせりの『王子様』・・・そんな気分を味わった。
しかし、それでも僕はみんなと距離を置いていた。
みんなが僕に優しくしてくれたり、王子様扱いしてくれるのは、エヴァに乗れる能力があるから。
誰も本当の僕を知って、友達になろうって気持ちはない。 エヴァに乗るためだけに僕は呼ばれたのだから。
用が済めば、僕はすぐに追い返されてしまうだろう。
だから、僕は一人で戦ってきた。
いつでも、ただの中学生に戻れるように。 いつでも、あの先生の家へと帰るために。
それに僕は、もう何かを失うことに耐えることは出来なかった。
仲間・・・友達・・・そんなものが出来てしまえば、情が湧いて振り切れることができなくなるし、それを失った時の心の痛みをもう味わいたくはなかった。
信じて、求めて・・・失う・・・その繰り返しに耐えきれるほど僕は強くない。
寂しさに慣れていても、失うことの辛さは、違う痛みを僕に与える。
生きる意味すら見出していない僕に、その痛みは更に深い傷をつける。
だから僕は、誰とも距離を縮めなかった。
ミサトさん達、ネルフのスタッフが話しかけてきても、僕は彼らと馴れ合うつもりはなかった。
ミサトさんは僕の保護者兼同居人だ。 しかし、ミサトさんが家に一緒に居ることは殆どなかった。
まるで、前の家の先生のようだった。 たまに夜に顔を合わせる程度の人。
やはり此処でも僕は一人だった。
そんな、僕の前に一人の少女が現われた。
惣流・アスカ・ラングレー・・・太陽のような明るさと活発さを持つ存在。
真っ白な雪のような肌と、紅茶色の長い髪・・・そして瑠璃色の瞳が印象的だった。
とにかく自分で何もかも仕切り、自分が世界の中心でないと済まない弐号機のパイロット。
彼女は僕が居ることが始めから目障りだった。 主体性のない僕の存在が邪魔だった。
エヴァに乗ることに誰よりも拘り、勝利を勝ち取るためにはどんな努力も惜しまない。
しかし、彼女もまた一人で戦っていた。 自分の存在感を誇示するかのように。
だから、彼女が来る前に3体の使徒を殲滅した僕には始めから挑戦的で、何かにつけて僕に絡んできた。
彼女ほど、僕の存在を目障りに思っていた人は、他にはいないだろう。
とにかく距離を置こうとする僕の懐近くに、アスカはいつも押し入ってくる。
そして気がつけば、僕はアスカと一緒に暮らしていた。 ユニゾン訓練が終了しても・・・
家に殆ど居ないミサトさん。 必然的に、僕はアスカと二人だけになることが多かった。
アスカは二人だけの時、必ず僕を部屋から引っ張り出して、僕に話の聞き役を命じていた。
それは単なる暇つぶしの相手。 アスカの口からは、すぐに加持さんの名前が出てくる。
加持さんと僕を比較し講釈してくれるアスカは、僕が如何にちっぽけでつまらない人間だということを伝えていた。
そんなことは、始めから分かり切っていること。
怒る気にもなれず、聞き流している僕にアスカはいつも食ってかかった。
どうして僕なんかにそんなにムキになるのか分からなかった。 僕は彼女のように大学を出ている訳じゃない。
学校の成績だって、ずば抜けている訳でもない。
むしろ、下から数えた方が早いくらいで、いわゆるアスカの言う、『バカシンジ』なのに・・・
綾波は、そんなに僕にムキになったりしない。 そう言うとアスカはますます怒った。
「わたしを優等生なんかと一緒にしないでよっ!!」
僕を加持さんと同じ土俵に立たせて、容赦なく批評している癖に勝手だなと僕は思った。
でも、アスカにそんな風に思うことそのものが、僕自身不思議でならなかった。
何でもかんでも他人事、そう割り切って居た筈なのに・・・意外だった。
そう・・・綾波と知り合ってから、僕は少しずつ変わっていっているような気がした。
一人で戦っていた。 その筈だった。 第3・第4の使徒は、そうやって倒した。
しかし、時が流れるにつれ、ネルフの人達との時間が増えるにつれ、僕は一人ではなくなっていた。
そんな状態が、本当は嫌だった。 情が湧いていることに気がついたから・・・
情が湧けば、僕はネルフから離れられなくなってしまう。 振り切れなくなるものが沢山出てくる。
それに僕がエヴァから降ろされたら、情が移ってしまった僕に他の生き場所へ移る力が残されているとは思えなかった。
捨てきれないものを作らないため、僕は一人で戦っていく。 そう決めた筈だった。
しかし、第5使徒との戦闘で、綾波が言った『さよなら』という言葉に、僕は心が揺れた。
哀しかった。 他に何もない・・・なんて、そんな事を言っちゃいけないって思えた。
あの時、綾波は初めて僕に笑顔を見せてくれた。
僕にとって捨てきれないものが一つ出来てしまった。
そしてアスカ。
初めての単独戦闘は、マグマの中だった。
熱さと恐怖と緊張の中で、第8使徒を辛うじて殲滅したアスカは、使徒の攻撃で冷却パイプを破損していた。
高温・高圧力の中で潰されていく弐号機を見た時、僕は耐熱装備を施さないまま、マグマの中に飛び込んだ。
無我夢中だった。 仲間を失いたくない、という気持ち・・・それだけが僕の心を支配していた。
「あんたに・・・借りが出来たわね。」
温泉旅館の浴衣を着たアスカが呟いた。
使徒を殲滅し、つかの間の宴会を楽しむネルフの宴会の中、アスカが僕の様子をチラチラと窺っていたのは知っていた。
「言っとくけど、礼は言わないわよ。 戦いでの借りは戦いで返すから・・・」
温泉での宴会の最中に、僕を呼び出したアスカは、そう伝えて立ち去った。
そして、アスカは初めて僕に笑顔を見せてくれた。
僕にとって捨てきれないものがまた一つ出来てしまった。
この戦いの繰り返しの中で、僕は次第にこの仲間達を大切だと思うようになっていた。
決して捨てきれない大切な存在。 それがこの第三新東京に来て出来てしまった。
同じ境遇で同じ経験をした仲間。 一人で生きることしか知らなかった僕にとって、それはとても強烈で新鮮だった。
しかし、僕はこの初めての経験に戸惑うことしか出来なかった。
仲間への『情』・・・こんな気持ちは今まで抱いたことがなかった。 情が湧けば、振り切れなくなる。
捨てきれないものが出来てしまえば、この街から動けなくなってしまう。
そうなった時、エヴァに乗れなくなったとしたら、僕に居場所は何処にもない。
ただの中学生に戻ることなど出来なくなってしまう。 だから、僕は距離を置いていたというのに・・・
そんな僕の気持ちとは関係なく、使徒は次々に攻めて来る。 その度に僕達は出撃した。
こうして日が経てば経つほど、仲間達との時間が増えれば増えるほど、僕は距離が取れなくなっていた。
使徒に飲み込まれ、自分自身と否が応でも向き合うことを経験した。
使徒に乗っ取られた3号機を、トウジもろとも殲滅する場に立ち会って僕は叫んだ。
怖かった。 父さんが・・・エヴァが・・・
そして、その戦いで、アスカや綾波も負傷してしまったことも。
大切な仲間が負傷する・・・それが怖くなった。 怖くなって、僕は再び逃げ出した。
自分の居場所が残っている内に・・・一人で戦える内に・・・身を引くんだ。 そう思った。
しかし、それがさらに仲間を追い込んでいくとは考えもしなかった。
最強の使徒の前に、アスカも綾波も為す術なく撃滅され、弐号機は頭部と両腕を吹き飛ばされた。
その吹き飛ばされた弐号機の頭部にシェルターが押し潰され、多くの怪我人が出た。
もう僕に逃げ場はない。 僕が逃げれば、綾波やアスカが死んでしまう。 そう思った瞬間、僕は初号機を発進させた。
本当は怖かった。 戦って何が残るというのか・・・父さんは何を企んでいるのか・・・何も見えない明日。
それに向かって、突き進もうとしている自分が恐ろしかった。
しかし、僕は踏み込んだ。 もう何も失いたくない。 大切なものを守りたい!!
そう思った瞬間、初号機が更に大きな動きを見せて活動を開始した。
その後は何も覚えていない。
遠くで母さんの声を耳にしたけれど、それは夢の中の出来事だと僕は思い込んでいた。
気がついた時、僕はベッドの上で見慣れた天井を見上げており、髪と目の色が変色していた。
リツコさんの話では、何でもシンクロ率が400%を達成し、L.C.Lになって初号機と同化していたせいだという。
そんなことがあり得るのか、僕には分からなかったが、茶色く変色した僕の髪は、まるで別人のように見えて嫌だった。
あれ以来、アスカも綾波も姿を見ていない。
特にアスカは、シンクロ率が著しく低下して深刻な状態だと聞いた。
度重なる戦いと敗戦、それも惜敗ではない・・・惨敗だ。
そのことが誇り高いアスカのプライドを著しく傷つけ、それを取り返そうと躍起になり、さらに敗戦を繰り返してしまった。
しかし、その兆候は、僕がシンクロ率でアスカを上回った頃から、徐々に顕れてきたのだと聞いた。
マヤさんがうっかり口を滑らせたのを、僕は聞き逃さなかった。
僕の存在が、アスカの心を曇らせている。 そう思うと、僕はどうしたら良いのか分からなかった。
結局僕は、一人で戦っていたのだ。 みんなのためと思いながら、僕は一人で戦っていた。
初めて第三新東京に来た時と何一つ変わっては居ない。
大切な仲間なら、自分で何かを働きかけなければ、何も動きはしないのだと、今更ながらに思い知った。
僕は、意を決してアスカの部屋をノックした。
「アスカ・・・居る?」
アスカの返事はなかった。 僕は、静かにドアを開いた。
「入るよ・・・」
部屋は薄暗く、その中でアスカは制服姿のままでベッドに突っ伏していた。
「なにかご用・・・無敵のシンジ様・・・」
枕に顔を埋めたまま、アスカは答えた。 それは明らかに拒絶の態度であり、僕は心が痛んだ。
ゼルエルの戦い以来、アスカを見るのは初めてだった。
そこには、誇り高いセカンド・チルドレンの姿は何処にもなかった。
無造作に放り投げられた、深紅のインターフェイスがそれを物語っていた。
全てに失望し、期待も希望もないうち捨てられたようなアスカが居るだけだった。
「アスカ・・・アスカさえ良かったら、明日二人で出かけないか・・・」
僕は、緊張する手を必死で押さえて、努めて穏やかに声を掛けた。
「何よ・・・このわたしを、あんたの彼女にでもしたいの?」
アスカがようやく起きあがり、うつろな眼差しを僕に向けた。
髪型が違うせいかもしれない。
ゆらりと顔を上げたアスカの顔に、かつての生気は何処にもなく、まるで別人のようにも見えた。
僕はそのうつろな眼差しに恐怖を覚えた。 自分の居場所を失った者が見せる目だと僕は思った。
それは一つ間違えれば、僕がそうなっていたはず・・・紙一重の差でしかない。
だから、僕は今までの元気なアスカに戻って欲しかった。 誰のためでもない。 僕自身のためにも・・・
「アスカに、貸しを返して欲しくて・・・」
「何言ってんのよ? 借りは、返したわよ・・・マトリエル戦で・・・」
アスカは小馬鹿にしたような目つきで僕を見た。 が、明かりをつけた僕の髪の色が変色している事に気が付いて、その瞳を大きく見開いた。
「返して貰ったよ・・・」
驚いて目を見開いているアスカに、僕は努めて笑って言い放った。
「利息分はね・・・」
本当は笑いたい気分なんかじゃない。
だけど、今にも全てに心を閉ざしてしまいそうな彼女に、僕が出来ることは、自分の存在を意識させることしかないように思えてならなかった。
何も見えなくなる前に・・・
返事をせず黙り込んだアスカに、僕は言葉を掛けた。
そう・・・これは僕とアスカの戦いなんだ。
全てに心を閉ざそうとするアスカと僕の戦い。 戦況は圧倒的に不利だし、勝算もない。
だけど、それでも僕は立ち向かわなくてはいけない。 そう思わずにはいられなかった。
「明日、朝9時に此処を出るから、支度して。 それから、夕飯はテーブルに置いてるから、お腹が空いたら食べて・・・」
僕はそう言って、アスカに背を向けた。
これ以上居たら、アスカに良くないと思ったから。 断りの言葉を聞くのが嫌だったから。
「・・・・どうして・・・?」
ドアに手を掛けた僕の背中にアスカの声が飛び込んできた。
「どうして、わたしに構うのよ。 放っておけば良いじゃないっ! 役立たずになったわたしなんかっ!」
「放っておくなんて、できないよ。 どうしてなのか、自分でも分からないけど、放ってなんかおけないよ。」
何で自分がこうまでアスカに気遣うのか、分からなかった。
ただ、今のアスカはまるで、あのマグマの底に沈み込んで行く時と同じに思えた。
今こうして僕が居る。 あの時と同じように、噴火口で待機しているみたいに。
「答えになってなくて・・・ごめん・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
黙って僕を見つめるアスカから、僕は逃げるように部屋を出て静かに戸を閉めた。
狭く薄暗い自分の部屋に戻って考えてみても、アスカの言葉が妙に気になった。
いったいどうしてなんだろう・・・アスカのことが気になって仕方がなかった。
何だか苦しく・・・そして切ないような思い。 まるで、自分の体がねじ切られるような思いが僕を支配していた。
こんな思いは初めてだった。
今夜は眠れそうもない。
僕は、長く暗い夜を一人で過ごしていた。
翌朝、僕はほとんど眠れないまま、ベッドを後にした。
何かをしていないと落ち着かない。 本当にアスカは支度をして出てくるだろうか。
そのことばかりが気になった。
僕はとんでもないことをしてしまったのではないだろうか。
鏡に映った自分の顔を見る。 まるで自分ではない自分が其処にいた。
琥珀色になった瞳・・・紅茶色になった髪・・・リツコさんが、初号機から僕をサルベージした時に、そうなってしまったのだという。
幾ら調べても、その原因は分からないままだった。
L.C.Lと同化し、原子レベルまで分解した僕を再構成する際に、何らかの弾みでそうなってしまったのだということしか僕には分からなかった。
こんな僕を、アスカはどう見るんだろう?
僕は僕であり、それ以上でなければそれ以下でもない。 しかし、他の人はそうは見ない。
僕自身を形作る要素の一つが組み変わってしまった僕を、アスカは今まで通り見てくれるのか、自信がなかった。
サルベージの最中に、他人に入れ替わったと見るのかもしれない。
だけど、僕は眠れぬ夜を過ごしながら、自分自身に改めて問い掛けてみた。
どうしてアスカが気になるのかを。
シンクロ率400%を出して初号機と同化していた時、僕は初号機の中で母さんの声を聞いた。
自分の果たすべきこと、為さねばならないことを・・・
他人の存在を拒む心の殻がある。 その殻の中に閉じこもって、周りとの接触を絶とうとする心がある。
その怯えた心を奮い立たさなければ、悲劇は起きると母さんは言った。
それがアスカなんだ・・・僕にはそう思えてならなかった。
だから、アスカにどう思われようと、僕は彼女に元気になって欲しいと思った。
助けるとか、守るとか、そんな格好の良いことは言えない。 僕に助けられたって思いが湧けば、きっとアスカは更に心を閉ざしてしまう。
アスカはそういう性格なんだ。 何事も自分で考え自分で判断する、誇り高い存在なのだ。
そんな彼女が元気になるには、自分が有能で頼りにされているということしかない。
僕はさんざん考えて、ようやく、このことに気づいた。
やっぱり僕は一人で戦っていたのだ。 大切なものを粗末に扱っていたのだ。
たった一人の兵士・・・自分で全てを背負い込み、自分が全てを左右すると粋がっていた。
僕は、アスカや綾波に謝りたかった。 自惚れ、のぼせて、自分だけがエヴァのパイロットのように振る舞っていた。
彼女達の力に頼らず、自分で全てを解決しようとした愚か者だった。
アスカは、そのことを僕に教えてくれた。 本人にその気はないにせよ、僕はアスカを通じてようやく悟ることができた。
自分一人で背負い込み、二人に何も協力を仰がなかった。 そのことが『甘え』なんだと思ったから。
だけどそうじゃなかった。 何もかもを自分で背負うことは、仲間を当てにしていなかったということだった。
そのくせ、自分では仲間を大切だと思っていた。 なんて馬鹿なのだろう・・・
アスカに謝りたい。 口先だけの言葉ではなく、心からの言葉で。
綾波に謝りたい。 僕は母さんの面影に似た彼女に、母さんの姿を投影していた。
僕は間違いなく綾波に甘えていた。 自分勝手な気持ちをぶつけ、彼女を振り回していた。
彼女は、こんな僕をどう見ていたのだろう。 考えれば考えるほど、情けなくなる気持ちが湧いた。
そして僕は今、はっきりと気がついた。
僕の中に、『情』が湧いていることを・・・あれだけ拒んでいた仲間への情。
振り切れない思いが完全に僕を支配していた。
もう逃れることは出来ない。 一人で戦うことが出来ないことが分かってしまったからには、もう、エヴァを降りてただの中学生に戻ることは出来なかった。
僕は綾波もアスカも好きになっていた。
男と女・・・恋愛感情としての『好き』って意味じゃない。 大切な仲間として好きなんだ。
同じ境遇を過ごした仲間だからこそ好きなんだ。 それが綾波の言う『絆』なんだとしたら、僕はその絆を大事にしたい。
そして、今、その『絆』が切れてしまいそうな存在が居た。
誰よりも強く、そして誰よりも儚い存在・・・それがアスカなんだ。
まるで、失望と虚無というマグマの中で、その高温・高圧の中で、最後のパイプが切れてしまいそうになっている。
僕の心の中で、マグマの中で押し潰されそうになっている、弐号機の姿がありありと浮かんでいた。
だから、僕はアスカを待った。 これが最後の機会なんだと思った。
その時・・・アスカの部屋のドアが静かに開いた。
Produced on Aug.29th '02
To be continued
デニム「Tomyu.Sさんから連載という形でご投稿を受けました。ありがとうございます」(^^)
シンジ「Tomyuさん十八番の茶髪の僕が登場してますね」
デニム「そうですね。それにしても…アスカがすでに廃人になりかけてますが」(^^;
シンジ「なんか、僕が話し掛けたときも…そんなに嫌なの、アスカ!?」(T_T)
デニム「シンジ君も苦労しますね、この物語は」(^^;
シンジ「…絶対にアスカを元に戻して見せますっ!」(燃)
デニム「熱い、熱いってシンジ君。もう少し温度を下げてってば」(汗)
シンジ「あ、すいません…あ、皆さん。この小説の続きの読み方はいつもと違っています」
デニム「少し上にあるTo be
continuedをクリックしてください。それでは皆さん、またお会いしましょう」(^^)
Tomyu.Sさんの感想はこちらへお願いします。
tomyu.s@unsnerv.com
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