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その夕方、家に帰って両親は頬の傷について尋ねたけど、
あたしは階段から転んだと嘘をついた。
とてもじゃないけど、男子に殴られたとは言えない。
それに、碇は…彼は、そんなことする人には…見えなかった。
それでも、シャワーを浴びたときに感じる頬の痛みは消えはしない…
明日、彼に会って話がしたい…それしか考えられなかった。
もう一人の自分 (第弐話)
「ど、どうしたの?アスカ!」
次の日、家を出たときのヒカリの反応がこれだった。
原因はもちろんあたしの左頬に貼ってあるガーゼだ。
「ちょっと転んでね。すぐ治るわよ」
「そ、そう?ああよかった」
ヒカリは、ほっと胸を撫で下ろしてくれた。
そりゃ、女の子の顔に傷…だもんね。
心配するのも無理ないか。
「…転んだの?馬鹿みたい」
当然のように、登校途中に出会ったレイは軽くあしらってくれた。
レイも顔に傷作ってやろうかと聞いたら「遠慮しとく」だった…
「惣流さん。気をつけてね」
「美人が台無しだぞ〜」
教室に着いても、幾人かの男女に励まされたり皮肉を言われたり。
ほんっと落ち着きの無いことで…と、碇はまだ来てないみたいね。
やっぱり昨日のせいかなぁ?来るのが後ろめたいんだろうなぁ…もしかして休む気じゃ…
「…おはよう、惣流」
右を振り向くと、噂をすればなんとやら…ご本人が登場。
でもやっぱり元気が無いわね。
でも、やっぱりあたしに会うのが怖かったのだろうか…すぐに目を背けてしまった。
直後、ガラリと扉が開いて葛城先生が入ってきた。
「はいは〜い、ホームルーム始めるわよ〜」
がたがたと生徒は自分の席に座っていく。
そしてすぐに私は隣の碇だけに聞こえるように囁いた。
「昼休み、屋上に来て」
「え………うん…わかった…行くよ」
言葉から、彼の心境が大変暗いことは分かった。
あたしを殴ったことで何か言われると思っているのだろうか。
でも、あたしにはそれは『どうでもいいこと』であって、
あたしは別に知りたいことがあった。
昨日の碇…たしかに左腕を気にしていた。
その理由についてどうしても知りたかった。
「…来たよ、惣流」
昼休み、たしかに彼は屋上に来てくれた。
「…なんで呼んだか、分かる?」
「…やっぱり、昨日のことかな?」
碇は一度俯いて、暗い顔をしたけど…
顔を上げて覚悟を決めたような態度を示した。
「ごめん…謝って済む問題じゃないじゃないことは分かってる。
でも、それでも…たしかに僕は君を殴った。本当に…ごめん!」
ほぼ90度…頭を下げた。彼は謝った。
ここで一発殴り返して終わり…か、数倍返しで終わるのが普通でしょうけど。
「…顔を上げて」
「…うん」
言ったとおり、碇は顔を上げた。
「許してあげるって言ったらそれで終わりでしょうけど…
あなたは女の子に手をあげた。それだけでも死刑ものよ」
「………」
彼は黙ってあたしを見つめていた。台詞の続きをひたすら待っているつもりらしい。
ようするにどんな罰も受ける気があるってこと。
「…どうして、左手を壁にぶつけていたの?」
「…え?」
「え?じゃないわよ。彼方に拒否権はないわ。
今すぐ今言った質問について答えなさいよ」
碇は困惑したみたいだけど、
少しの間考えて彼は口を開いた。
「信じてくれないと思うけど…話すよ」
碇は左手をあたしの前に突き出し、答えた。
「僕の左手は…僕の意思と関係なく動くんだよ」
なんの躊躇も無く、言われた答えがそれだった。
こんな答えを言われたら、普通の子ならふざけるなとか言って殴るんでしょうけど…
昨夜から…あたしは碇の『左手』について気になっていた。
「…で、あたしを殴ったのは彼方自身ではないって言うの?」
「え…うん…そう…なると思う」
「…どっちかはっきりしなさい!」
「は、はい。そうです!」
あたしの大声で碇は即答した。
相当びっくりした様子だった。
「…その左手、見せてみなさい」
「え…うん」
あたしの言われるがまま、碇はあたしの前に歩み寄った。
そのまま、あたしは両手で左手に触ってみた。
「…で、どういったときに勝手に動くの?」
「突然さ、いつも…それよりも…こんな話、信じてくれるの?」
まだ、信じられないといった様子で碇は尋ねてきた。
「あいにく、これでも人を見る目はあるつもりよ。
あなたは、嘘をついていない…だったら、今の話も信じるしかないじゃない」
「…惣流」
「…何?」
碇の顔を見上げた時、すでに彼は涙ぐんでいた。
「…信じて、くれるんだ。本当に…ありがとう」
「…涙ぐらい拭きなさいよ。男の癖に、みっともない」
ポケットからハンカチを取り出し、彼の涙を拭いた。
「…うん。ごめん」
たぶん、今みたいに信じてくれる人がいなかったんだ…
そりゃそうだよね…人を殴って、自分は殴っていないと言ったって…
考えてみたら変な話よね、本当に…
「…帰りに、近くの喫茶店でケーキでも奢ってくれない?殴った件はそれでチャラ。
そこで左手についていろいろ聞かせてくれない?少しは力になれるかもしれないから」
「え…でも…いいよ。これ以上迷惑かけちゃうと…」
「何言ってるのよ」
断ろうとする碇にあたしは半分呆れた。
「もう、あたしはアンタの『友達』になったの。
だったら悩みはなんでも言いなさいよ。
それにさっき言ったよね、彼方に拒否権はないわよ?」
意地悪っぽくウインクしてみたら、碇は観念したみたいだった。
「うん…分かった」
「…それじゃ、帰りましょうか」
碇が先に、あたしが後に階段を降りようとした。
でも碇は、階段の手前で…一度立ち止まってこっちを向いた。
「…本当に、ありがとう。惣流」
「え…いいわよ、別に」
碇は心底嬉しい表情で笑顔を作った。
なんだ…結構いい顔できるじゃないの。
…あたしの顔、真っ赤になってないわよね?
放課後、碇と一緒に近くの喫茶『NERV』に入った。
学校から近いので、ここを利用する生徒も多い。
というのも、担任の葛城先生がここのマスターと出来ている!という話題の喫茶店。
…噂でしかないけどね。
「…いいお店だね」
「そう?やっぱりいい感じのお店でしょ?」
「うん」
適当にショートケーキでも頼みながら、
最初はもっぱら雑談に時間を費やした。
ケーキが運ばれて、半分くらいなくなったあたりから話を切り替えた。
「…いつごろから、そんな風に?」
「え…ああ、うん…たぶん…小学校のころ…正確には覚えてないけど」
「そう。で…医者には行った事あるの?」
「一応、医者には見てもらってるんだけど…精神的な問題なんだって。
心の弱さから、そういったことが起こるんだ。
二重人格症状ってあるでしょ?聞いたことはあると思うけど。
自分とは違う、別の人格が入れ替わりに体を動かす。
本人は入れ替わった時の記憶がないけど、断片的に覚えている場合もある。
でも、この症状の中には時に体の一部だけ起こるケースもあるんだ。
この場合、自我はあるから止めようと思えば抑えることも出来るんだ。僕もそのケースになる」
二重人格。あまり身近には見られない病気。
時たま特別番組で話があったりするが、ヤラセとも思える番組も見られた。
実際、目の前にその患者がいる。一言で『嘘だ〜』と言うのが普通だろう。
真剣に聞いてるあたしは馬鹿と言われるでしょうけど、
昨日あの現場を見てしまったんだからしょうがない。
「じゃあ、昨日は…」
「うん。勝手に動こうとしたからね。痛みで抑えようとしたわけ」
さも当たり前のように話しては頼んだコーヒーを碇は飲んでいた。
もう慣れちゃってどうでもいいって感じだ。
「ちょっと聞くけど、全身言うこと聞かなくなる時ってあるの?」
あたしも一口飲んでから聞いてみた。
「…一度だけ、あったよ」
頭を下に向け、重い口調で碇は答えた。
「あ…ごめん。何か思い出しちゃった?」
「え…うん。ちょっとね」
俯いて、碇は何かを悔やんでいるように見えた。
かなり辛いことだと思ったので、このことについてはもう触れなかった。
「…直すにはどうしたらいいの?」
「え…直すといっても、これは外傷じゃないんだ。
精神的な問題。なら精神を鍛えなくちゃいけない。
精神のコントロールが必要なんだ。
不安定な常態だと、昨日みたいになってしまう。
だから、ストレスも溜めたらダメだし、体調を崩すのもいけないんだ。
逆にいうと、精神が安定しているならいつまでも平気ってこと。
つまり心に安らぎがある時は余裕が生まれるんだ」
精神ねぇ…本当難しい話よね。
体調を崩してもダメだなんて…
「じゃあ、下手に風邪とか引けないのね。
ところで…それ、直すために何をしてるの?」
「具体的に言うと座禅とかね。一番言い方法は何も考えないこと…
心を『無』にするんだ。心が不安定になってもすぐそうできるようにね。
雲をつかむような話だけど、しないよりいいからね」
「…本当、苦労してるのね」
はぁ…とため息をついて、あたしは少し考えた。
「ねえ…あたしも何か手伝えない?」
「え…?」
「要するに、心に穴が空かなければいいわけでしょ?
だったら、あたしがその穴、埋めていってあげるよ」
「え…どうやって?」
身を乗り出して、期待感を乗せてあたしの顔を覗き込んだ。
「どうやって…ですって?簡単じゃない。『遊ぶ』のよ♪」
「…はぁ?」
碇は拍子抜けしたように声をあげた。
「遊んでる時にストレスが溜まる筈無いもんね。
あたしが野球だろうがテレビゲームだろうが一緒に遊んであげるよ」
「…ぷっ…くくっ…」
あたしの提案に碇はクスクスと笑い始めた。
分かってる…変なことを言ったのは分かるわ。
「なによう。笑わなくてもいいじゃない」
「…いや、まさかそんなこと言うとは思わなかったから…
たしかに遊ぶのもいい手段なんだ。
でも、逆に遊びすぎて現実から逃げてだめになってしまうケースもあるんだ。
学校に来なくなったり、家から絶対に出なくなったりとね。
ようは毎日を充実したものにできればいつかは治る病気なんだよ…」
碇は苦笑いをしてみせたが、彼の言う『いつか』が曇ったものに聞こえた。
たしかにいつかというは分からない。それが明日か、一週間後か、一ヶ月後か、はたまた一年以上先なのか…
「実際ね。僕も治ったと思った時期もあったんだ。
つい最近再発したと言ったほうがいいんだよ」
「…そうだったの。じゃあ治る可能性はあるのね?」
「うん」
「じゃあ、早く治るようにあたしも手伝ってあげるわ。
今度の土日、碇の家に遊びに行くからね」
「…ええ!?な、なんで」
心底驚いた表情で逆に碇は聞き返した。
「手伝ってあげるって言ったでしょ?
乗りかかった船よ。黙って言うこと聞きなさいよね。
それじゃ、これでお開きにしましょ」
そう言って話を打ち切ったあたしは机に自分の分のお金を置いた。
「じゃあ、また明日。ちゃんと学校には来なさいよね」
「あ、ちょ、ちょっと」
碇の返事を聞かず、あたしは喫茶店を出た。
事情が事情でも、やっぱり人を避けてはいけない。
おせっかいかもしれない。でもあたしはほおって置けない。
そう…『友達』が困っているのだから。
デニム「さあ、読者の皆さん。前回から引っ張ったお話の続きはどうでしょうか?」
アスカ「分からない人も多かったと思うわ…これ」
デニム「でも、かなりやりづらいですよ、今回のアスカ」(^^;
アスカ「知らないわよ。こういう性格にしたの彼方でしょう!」
デニム「…正直、性格を全部理解できてないかもしれないです」
アスカ「なら、なんで書くのよ!」
デニム「HP再建のためですし、それにこういう人がいるって読者に知ってもらえますからね」
アスカ「…それを伝えれられそう?」
デニム「…これからの二人のやり取り次第です」(^^;
デニム・パウエルへの感想、意見などはこちらへ
namiko-w@axel.ocn.ne.jp
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