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家に帰った後、あたしは気になって碇に電話した。
何気ない会話だったけど、暫くして碇がここに転校した理由を聞かせてくれた。
その話には喫茶店で話してくれなかった、全身が一度だけ勝手に動いてしまった話のことも混じっていた。
前の学校で、病気の全身再発で友人に酷い怪我をさせてしまったらしい。
そのことでさらに気が病んで体が危うくなったので親が転校させたって…
体が危うい…つまり碇が碇でなくなってしまうこと。
『もう一人』の碇シンジが出てきてしまうこと。
碇は充実した毎日を送れれば病気は治ると言った。
なら、なにより理解者がいればいい。両親のほかに、『友達』と呼べる人…それがあたし。
もう一人の自分 (第参話)
次の日から、何かとあたしは碇と一緒にいた。
休み時間もヒカリやレイより、碇と話をすることを優先した。
分からないような内容でも、へぇ〜と頷く。
あたしはまったく碇の言う話を拒んだりしなかった。
拒めば碇の心に負担がかかってしまう。
碇は見た目だけでも貧弱そうなのに、精神的に見ても弱そうに見える。
妙な気使いは嫌だと言うけれど、それが今は必要なんだ。
病気を治すために、あたしは何かをしたかったから…
「もう、お昼かな?」
「あら…そうね。一緒に食べようか?」
「うん」
あたしと碇は互いに弁当を取り出した。
「あ、碇…結構可愛いお弁当ねぇ」
「いや…母さんが作ってくれるんだ。
本当、料理上手いんだ」
「へぇ…いただき!」
「あ〜っ!」
ひょ〜いと箸で碇のおかずを口に運んだ。
うん、すごく美味しい。碇のお母さんもやるわね…
「すごく美味しいね、これ。
羨ましいなぁ。家とは大違い」
「へぇ…そうは見えないけどね」
「なによ…誉めてるんじゃない」
「誉めてもらったのは母さんでしょ?」
「そうね…クスクス…」
碇との話が尽きないことは無かった。
この前転校してきたばかりなのに、
あたし達は昔からの友達のように少しの隔たりも無く話している。
でも、はたしてそうなんだろうか…
あたしの碇に対する壁は無い。でも碇はどうなんだろうか。
あたしと話をして笑ってくれる碇。
でも…作った笑顔が見えたりするのは気のせいなんだろうか…
「明日土曜だし、碇の家に行くね」
「え…本当に来るの?」
「あったり前でしょう?住所、教えてよね」
「…うん…はい」
碇はメモに住所を書いてあたしに渡した。
「ふ〜ん…マンションなんだ…明日、ちゃんと行くからね」
「うん」
「ところでさ、放課後、ヒカリやレイと喫茶店に行くけど一緒にどう?」
「…遠慮しとくよ。女の子同士、楽しんできたら?」
「そう?まあいいけどね」
仕方が無いので、放課後は碇とすぐに分かれた。
「フルーツパフェお持ちいたしました」
「きゃはっ!待ってました」
あたしは放課後、無理やりヒカリとレイを捕まえて喫茶『NERV』にいた。
碇も一緒に来たら良かったのに…と思いながら、目の前のパフェを食べる。
「今月ピンチなのにぃ」
大きなため息をついてうなだれるレイ。
「でも、奢ってくれる約束でしょ?」
「そうだけどさぁ…昨日ついついお買い物しちゃってぇ…」
「そんなのはあたしの知ったことではありませ〜ん」
「神様、仏様、アスカ様、どうか今回だけは…」
「ダメです!」
「あううぅぅ」
テーブルに突っ伏したレイは完全に沈黙した。
…なんか変な言い方だけど気にしないでおこう。
「…ヒカリ、食べないの?」
レイの横で座っているだけのヒカリに尋ねる。
「え…その…今ダイエット中だから…」
「ダイエット…まさかヒカリ…体重が増えたって言うの?」
「え…その…そういうわけじゃないけど…」
そう言うなり、頬を赤くしてヒカリは俯いてしまった。
「どうせ、鈴原君のためでしょう?」
「ちょ、ちょっとレイ!」
顔をテーブルにくっつけたまま呟いたレイの肩を、ヒカリが慌てて揺さぶった。
「鈴原〜?」
聞いたこともない名前だった。あたし達の学校にはなかったと思うけど…
「大阪の幼馴染だって。今度こっちに遊びに来るからってメールが来たのよ」
「レイ、黙ってくれるって言ったじゃない」
「うるさいなぁ…今すごくブルーなの…いいわよねぇ。彼氏のいる人は…」
「彼氏じゃないよ〜」
「わ、わ、目が回るって、ヒカリ〜」
ヒカリは耳まで真っ赤にしてレイをぶんぶんと揺さぶった。
「へぇ…たしかにヒカリは以前大阪にいたことは知ってるけど、
彼氏がいたとはねぇ…あたしとレイに彼氏がいないってのに…以外ねぇ」
「だから、違うって言ってるじゃないの〜」
レイを突き放してヒカリはすごい形相でこっちを睨んだ。
といっても、顔を真っ赤にしていて説得力が無い。
「まあ、その鈴原って奴がヒカリの幼馴染としておいて…
ヒカリ、ちょっと左を見て御覧なさいよ」
「え……あ……レイ……ご、ごめん。大丈夫?」
「ふみゅみゅ〜」
ヒカリに思いっきり揺さぶられたレイは目が回っていた。
あれだけ揺さぶられたんだから、無理も無いか…
「それじゃ…とりあえずレイは家に送って行くわ」
「まったく…レイも災難ね」
会計を済ませ、外に出たあたし達は帰ることにした。
ちらりとヒカリの背中にいるレイを見やる。
顔面真っ青になっている。相当気分が悪そうだ。
「ヒカリ…恨むわよう」
「だから、ごめんって言ってるでしょう」
ヒカリの背中でレイは必死でうめいて見せた。
でも相当参っているみたい。
「それじゃね、ヒカリ、レイ」
「またね、アスカ」
「…………」
レイはもう喋れないらしい。もしかしたら途中で…かもしれない。
思わず帰る途中ヒカリの悲鳴を想像した。
「アスカ、どこに行くの?」
次の日、休みの日なのに早くから外に出ようとするあたしを母が止めた。
「友達の家。遊びに行くの」
「ヒカリちゃん家?あまり遅くならないようにね」
「は〜い」
思わず嘘をついてしまったけれど、正直に『男』の友達の家に行ってきますなんて言えないしね…
メモを頼りに、あたしは碇の家を探した。この辺はマンションが多かったから、探すのに苦労した。
なんとか碇の家に辿り着いたあたしはインターホンを押した。
「はい、どなた?」
「あの…碇君の友達で、惣流って言います。遊びに来ました」
「ええ?シ…シンジのお友達ですか?……どうぞ、お入りになってください」
最初は驚いた声で、その後は静かな声で女の人が返事をした。
たぶん、碇のお姉さんかお母さんだと思った。
「お邪魔します」
「…いらっしゃい。可愛いお友達ね」
玄関に入ったあたしを出迎えたのは、ショートカットの綺麗な女の人だった。
「シンジ、お友達が来てるわよ。早く来なさい」
すると隣の部屋から、碇がひょっこりと顔を出した。
半分は嬉しい顔で、半分はどこか不安げな顔で出迎えた。
「や…やぁ…その…来てくれたんだ」
「遊びに来るって行ったでしょ?なによ、改まっちゃって…」
あたしは靴を脱ぐと碇の前に足を運んだ。
「で、何するの?」
「え…いや…その…ゲームならあるけど…いっしょにする?」
「いいわよ」
「あ、部屋、片付けてくるから…ちょっと台所で待っててよ」
一度あたしを奥の台所に待たせて、碇は部屋に戻った。
元々あたしが来るとは思っていなかったみたい…
それはそれで腹立つなぁ。
「ねえ、惣流さん」
振り返るとさっき、玄関にいた人に呼び止められた。
たぶん碇のお姉さんだと思うけど…
ご丁寧にお茶まで運んできてくれた。
「え…なんですか、お姉さん」
「まあ…私、シンジの母ですのに」
「え…す、すいません」
この人が碇の…お母さん…?わ、若すぎる…
どう見ても20前半にしか見えない…
絶対にお姉さんだと思ったのに…間違えちゃったなぁ。
「あの…シンジから、何か聞かされていませんか?」
「え…それ…碇君の病気のことでしょうか?
でしたら…聞いていますけど…」
いきなりあんまり本人は突っ込んで欲しくない話題だったし…
ちょっと声が詰まっちゃった…
「…そう。それで…あなたは信じてくれたのね?」
「…はい。できれば…助けたくて」
「そう…ありがとう…でもね」
碇のお母さんは感謝の笑顔の後、すぐ話を変えた。
「あの子…すごく不安がってるのよ。『そういう』間柄じゃなくて…
単なる同情でしか見られてると思ってるのかもしれない」
「え…そんな」
「分かってます。彼方がそういう子じゃなのは目を見れば分かります。
でもあの子は迷ってるの…できればずっと一緒にいてあげてね」
碇のお母さんは最後、懇願するような目であたしを見た。
その目の奥の問いにあたしははっきりと答えた。
「はい…心配しないで下さい。必ず彼の病気を治します」
「…惣流。部屋片付けたから、入ってよ」
答えた直後に、台所に碇が来た。
「あ、終わった?じゃ、お邪魔させてもらうわね」
椅子から立ち上がって、あたしは碇についていった。
振り返ると、碇のお母さんはその様子を静かに見ていた。
やっぱり少し心配なのかもしれない。
「へぇ…案外普通の部屋ね。ゲームに漫画…アーティストのポスター…
今時の男の子そのままって感じね」
部屋に入ったあたしの感想はそれだった。
「そうかな…それにしても、女の子を部屋に入れたのなんて初めてだな」
ぽりぽりと頭を掻きながら照れた様子で碇が返答した。
「あら、そう?じゃあどう?その感想は?」
「…なんとも言えないや」
「そりゃそうね」
「「あはははは」」
なにがおかしいんだろう?
でも二人して笑ってる。楽しくて仕方が無いんだよね。
「…ゲーム、しようか」
「うん…あ、これ昨日発売したばかりの…
欲しかったんだけど、お金なくてねぇ…
これしたい!やらせて!」
「うん。もちろんだよ」
ゲームをしたり、漫画を読んだり、トランプをしたり…
ただ遊んでいただけだったあたしと碇。
これを見て誰が病気の治療と言うだろう?
誰が碇の左手にもう一人の碇がいると信じるだろう?
誰が好き好んで彼と一緒にいるだろう?
家族以外に信じてもらえそうも無い病気…
一生負い目になるような病気…
それを始めて信じたあたし。
あたし以外に誰が信じるの?
あたし以外に誰が彼を救えるの?
だったらやるしかない。普通でない病気を治す、根拠の無い治療を…
でも、すぐに悪夢が来るなんて…その時あたしは思っても見なかった。
デニム「…予定の後編を超えました。連載小説に変更いたします」(^^;
アスカ「計画性ないの?彼方は」(^^;
デニム「当初の下書きをリニューアルしたらとんでもない長さに…」(^^;
アスカ「まあ…それはいいとして…また連載だから止まりそう」(^^:
デニム「私もそれ気にしています」(^^;
アスカ「…しかもずっと汗かいてるね、私たち」(^^;
デニム・パウエルへの感想、意見などはこちらへ
namiko-w@axel.ocn.ne.jp
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