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届かない恋
《惣流家玄関》
「ふむ、これでふもとに下りる者は全て揃ったか?」
声をあげたのはアスカの父親のハインツだった。
「あと、一名ほど到着しておりません」
答えたのは執事だった。
「ふむ。誰か、様子を見に行ってはくれぬか?」
ハインツが顔をしかめ、そう話した矢先…
「すみません、遅れましたっ!」
玄関からはぁはぁ言いながらヒカリが飛び出してきた。
「どうしたのだね?なにか忘れ物でも?」
「いえ、そのような事は…」
「そうか。身支度に手間取ったのだな。よし、出発じゃ」
ハインツが手を上げ、馬車は動き出した。
(ハインツ様、いつもながらおやさしい方だ)
執事は絹製の布を目頭に当てて見送った。
《ふもとまでの途中道》
「アスカ、気分はどう?馬車がよくゆれるけど?」
「大丈夫ですよ、ヒカリ」
ヒカリの問いにアスカは答えた。
「…お父様、お母様はもうお着きになりましたか?」
「ああ、おまえがふもとに来るのと首を長くして待っているだろう。
どれ…私も外の空気を吸うとしようか」
ハインツは高笑いをすると馬車の前に移動していった。
「アスカ」
「なんでしょう?ヒカリ」
「彼方にに一つ聞きたいことがあるの」
アスカは何かしらと思ったが、ヒカリは誰にも聞かれないように密かに耳打ちをし始めた。
「彼方はこの月に一回の祭りを毎回楽しみにしているわ。具体的にどんな理由?」
「…外の世界が、わかるから…かな」
二人だけの会話。自然と言葉遣いを変える。
「アスカはこういう家柄だから外に憧れる気持ちがあるのね」
…ヒカリは何が言いたいんだろう?アスカは思った。
「アスカは…この限られた世界しか知らない。それが…退屈なんでしょう?」
「ううん、そういうことは…」
「無いとは…言えない筈よ」
ヒカリは馬車に照らされる太陽からの光を前にし、口を開いた。
「…出かける前も言ったけど、今日一日だけ…平民として行動してみない?」
「…え?」
「何度も言わさないで。アスカは毎日寂しい目をしている。
親友のあたしは…それを見るのが辛いのよ」
「…ヒカリ」
「もちろん…もしばれたとしても、責任はあたしが取るわ」
「ダメよ。そんなの」
当然のように、ヒカリの提案を止めた。
たしかに自分は外の世界が見たい。
ヒカリと同じ世界を見てみたい。
でも…その見返りにヒカリが責任を取るのは自分が許せない。
「なら…私一人が出かけるわ。ヒカリは別に家に帰ればいいわ」
「で、でも…」
ヒカリの次の言葉を、アスカは手で塞いだ。
「私…たしかに自分の気持ちを閉じ込めてたわ。
ヒカリ…勇気をくれてありがとう。もう決心したから…分かるよね?」
「アスカ…」
長い間親友をやっている間柄…アスカの考えはすぐに分かる。
ヒカリは黙って頷いた。
「…無事で一日を過ごせるといいね」
「お互いにね…」
アスカの言葉に、ヒカリはもう一度笑みを浮かべた。
「アスカ…その笑顔、絶やさないでね」
「ねえ…私、そこまで目が死んでたの?」
「ええ、まるで死人を見ているようだったわ…
あ、それと…質素な服と、紐…これでみつ編みにするといいわ」
内緒話も長引けば怪しまれてしまう。
ヒカリはそう言って話を終わらせ、立ち上がる。
だが、馬車の中が突然揺れてこけてしまった。
「…申し訳ございません。アスカ様」
「構いません。馬車は良く揺れます、皆さんもお気をつけ下さい」
親友の話もここまで…ここからは違う間柄へ…
「お気遣いありがとうございます、アスカ様」
「いいえ、いいのです…ふもとはもうすぐです。
私のことはいいですから、家族に会いに行くといいでしょう」
「…ありがとうございます」
ヒカリは一礼して、ふもとに着くのをじっと待った。
《ふもとの闘技場前》
闘技場。町のほぼ中心にそれは存在していた。月に一回、全国から集まりし強豪が戦いあい、優勝を目指す。
優勝者には多大な賞金と賞状をハインツから直接受け、希望があれば近衛兵に加わる事ができる。
近衛兵に加わればアスカ嬢の下で働けるので、それ目当てに出場する人物も多い。
ハインツ一家はこの闘技場を一番上の見物席で見る。
かなり高い位置にあり、一番近い席で見上げても顔が見えない。
それほどアスカ嬢の存在は神秘であり、憧れの存在だった。
「あら、あなた。アスカも早かったのね」
すでにハインツの妻、キョウコは席についていた。
「お母様。私…一度、町の中を見てみたいのですが…」
本題を話し始める…ここをどうにかしないと、
町にさえもいけない。
「…いいでしょう。一度は外を見るのもいいかもしれません。
ただし…目付け役を一人…そうね、彼方がいいわ」
キョウコはアスカの隣にいるヒカリを指差した。
「宜しいですか?アスカを常に見張っていてください。
万が一何かあれば即刻厳罰いたします」
「…かしこまりました」
まさか許してもらえるどころか、目付け役がヒカリだったため、
アスカも、また指名されたヒカリもあっけに取られた。
アスカとヒカリはいまいちしっくりしない気持ちでその場を去った。
「あなた…アスカもいないことですし、今日はサービスしたらどうですか?」
キョウコの言葉に、ハインツは無言で立ち上がった。
「…聞こえるかね、諸君!今回、娘のアスカは事情があり来れなくなった。
アスカを見たくてここに来ている者もいよう。そこでだ。今回の見物料はいっさいなしだ」
そのよく響く言葉に、観客からどよめきが立った。
その言葉を聞いた外の見物客も続々とここへ集まってきた。
アスカ嬢だけが目当ての客が出て行く姿もあるが、
それを上回る客が洪水のようになだれ込んで来た。
この祭りのメインイベントともなる闘技は、
一般の客が見るにはお金もかかるものであり、
庶民の中でも貧乏な者はあまり見れない代物だったため、
見物料がタダともなれば、めったに無いチャンスなのである。
ハインツはこの騒ぎの間に、娘が外に出やすいようにしたのである。
「…アスカは、どの辺にいるかね?」
「あの裏路地を通っていきましたわ。
見物客は正面に集まりましたから、大丈夫でしょう」
「そうか…後は無事を祈るだけだな」
「…大丈夫です。信じましょう」
二人は、暫く裏路地を見送った後、闘技場へ目を移した。
《闘技場より約500メートル離れた商店街》
「…すごい。なんて活気なの」
商店街に並ぶお店、それに列を作る客。
その声と笑顔はお城では到底感じ取れるものではなかった。
隣にヒカリはいない。あえて別行動をしてもらった。
心配してくれたが、やはり一人で開放感を味わいたかった。
ヒカリに貰った服を着、紐で髪をくくった自分に気付くものもいないようだった。
「どうだい?お嬢ちゃん。美味しい林檎飴あるけど、どうだい?」
「え…わ…私ですか?」
「そうだよ。お一つどうだい?」
「林檎飴…ですか?」
「なんだい?食べたことないのかい?」
「ええ…」
「そうかい?こんなに美味しいのに…けちな親だねぇ…ほら、サービスだよ」
店頭の中年の女性はひとつ林檎飴を手渡した。
「え…こ、困ります…お金持ってないのに」
「だから、サービスって言ってるじゃないか。気にすること無いよ。
月に一回のお祭。お嬢ちゃん、美人だしね。おまけだよ」
「え…その…ありがとうございます」
「どういたしまして」
アスカは一礼して、商店街の奥に足を進めた。
「…美味しい…始めて…こんな味」
舐めた林檎飴が、アスカ嬢の未知の世界にに足を進める促進力になった。
買い物をする客。必死で客を集める店の主人。
路地を歩き回る子供達。
何もかもが新鮮に見えた。こんなことがあの屋敷の中で見れただろうか?
こんなに眩しい笑顔を振りまく人々を見ただろうか?
「楽しい…こんなことって始めて」
アスカ嬢は何もかもが初めてだった。
気持ちがいい。こんな気分をずっと味わってみたい。
小走りで走った先は、民家から少し離れた一角だった。
「はい、いい子だね。じっとしているんだよ」
「…何かしら?」
町の中央に行くほど町は活気付いている。
町のほとんどの人間は祭りに向かっているはず。
なのにここはほぼ祭りの場から離れている裏路地…
そこに何か小さいものに話し掛ける、少年が見えた。
「…こんなところで、何してるんですか?」
「あ…ごめん。ずっと後ろにいたの?」
後ろを振り向いた人物は、自分と大差ない歳の子だった。
みすぼらしい服を着て、これといって特徴が無かった。
「…この子を、世話してるんですよ」
「…猫?」
その少年の後ろには、ちょっと小さ目の猫だった。
屋敷にいる猫とはうって違って汚かった。
「…貴方の猫なんですか?」
「ううん。いつもここにいる野良だよ」
野良…?自分のじゃないのに…えさをあげてるの?
「なぜ…世話をするのですか?
なんにもならないでしょうに…」
「え…いや…ほおって置けないからですよ」
「え…?」
風が、吹いた。彼の笑顔と共に。
始めて受けた、その感覚。
時が止まった…そして歯車が回りはじめる…
そして彼の後ろにいた猫は…いつのまにか消えていた…
デニム「…壱話目書いてからどれぐらい経ってます?」
シンジ「ええと…一年と半年弱…ってところでしょうか」
デニム「…すごいですね、それ」
シンジ「設定をなくされてから、よく連載書きましたね」
デニム「もう…勢いだけですよ」
シンジ「…止まらないで下さいね」(^^;
デニム「そう祈りたいものです」(^^;
デニム・パウエルへの感想、意見などはこちらへ
namiko-w@axel.ocn.ne.jp
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