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綾波が自爆した。
そのことは、僕とアスカに大きなショックを与えた。
光り輝く巨大なリング状の使徒『アルミサエル』。
接触するもの全てを融合させる力を持つ、この使徒の前に、僕もアスカも容易に接近できなかった。
アスカの放つソニック・グレイブを受け止め、それを融合して取り込んでしまう能力。
僕が撃ったパレット・ガンをいとも容易に弾き返してしまう耐性。
その脅威の力の前に、為す術なく後退させられる僕とアスカを庇うようにして、零号機を突進させた綾波は、使徒を押さえつけると、コアを崩壊させて自爆する道を選んだ。
《レイッ! 脱出しなさいっ!!》
《だめ・・・碇君がやられる・・・》
苦しみ、悶えるように蹲る零号機。
その中で、僕は綾波の声を聞いた。 間違いなく・・・はっきりと・・・
《涙・・・これが・・・涙・・・》
ひとりぼっちの戦争
Nowhere soldier
D-part 新たなる世界へ・・・
Tomyu.S
大音響が大地を揺らせ、強烈な爆風と熱波が初号機と弐号機を包み込んだ。
様々な破片や土砂がぶつかる音が響く。
ガン!!
そんなエントリープラグの中で、パネルを激しく叩く音が響いた。
「勝ち逃げなんて・・・勝ち逃げなんて・・・・許さないわよっ!!」
第三新東京市の大部分を巻き込んで、『アルミサエル』と共に大爆発した零号機に叫ぶようにアスカは何度も何度も、パネルを殴り続けた。
アスカは実は分かっていたんだ。
『アラエル』を倒して、僕たちを苦痛の牢獄から救出したのは、実は綾波なんだと言うことを。
僕は敢えて言わなかった。 誇り高い彼女は、誰よりも綾波をライバル視していて、彼女に助けられることを何よりも苦痛に思っていることを知っていたから。
だけどアスカは分かっていた。
あの時僕にはアスカを守るのが精一杯で、『アラエル』に反撃できる力など残っていなかったことを。
だから、この戦闘で綾波から受けた『借り』を何倍にもして返そうとしていた。
それがどうだろう・・・またしても、僕とアスカは綾波に助けられてしまった。
今度は、零号機の自爆という形で。
確かに使徒は消滅した。 第三新東京市と零号機と一緒に。
零号機ごと自爆してしまった綾波が助かっているとは到底思えなかった。
強大な使徒を相手に二人掛かりで挑んでいったのに、僕とアスカは一方的に押しまくられていた。
こんな事は今までなかったのに・・・ユニゾン訓練をして、一緒に動くコツやタイミングを完璧に体得しているのに、僕の初号機とアスカの弐号機は、本体を紐状に展開した使徒の前に、為す術なく打ちのめされた。
そんな僕たちを庇うように、綾波は零号機を突進させ、使徒を道連れに自爆してしまった。
辛うじて、帰還した僕たちは、ただただお互いの存在を確かめるように抱きしめ合っていた。
人が見ていようと関係がなかった。
本当にエヴァに乗ることが、使徒と戦うことがこんなに怖いと思ったのはこれが初めてだった。
きっとアスカも同じ気持ちだったのだろう。 エントリープラグから飛び出して来るなり、僕の方へ駆け寄ってきて抱きついた。
僕の全身から伝わるアスカの温もり、そして吐息。 僕の腕は彼女の華奢な体を強く抱きしめていた。
「・・・キスして!」
ケージに響くアスカの悲痛な声。
それは僕も同じ気持ちだった。 綾波は死んで、僕たち二人はまだ生きている。
だけど、明日はどうか分からない。 それまで綾波が死んでしまうなんて全く考えもしなかった。
まるでクシの歯が欠けていくように、先程まで居た仲間が消えていった。
次の使徒が来た時には、僕たちだって生きているのかどうか分からない。 これは、本当の戦争なんだと、僕たちは改めて思い知った。
自分達が死んでしまうということ・・・綾波の自爆は、そのことを僕たちに強烈に教えていた。
遊びや見栄や虚栄心じゃやっていけない現実。 そのことに気づかされ、僕はアスカを強く求めた。
抱きしめることで、自分は一人じゃないって思いたい。 僕たちにはそれしかなかった。
いったいいつまでエヴァに乗り、いったいいつまで戦えばいいのか?
それは誰も教えてくれなかった。
父さんも、冬月副司令も、ミサトさん、リツコさん、加持さん・・・そして母さんも。
僕とアスカは逃げるように、マンションへ帰った。
爆発の影響で真っ暗なマンション。
外壁は壊れ、半ば崩れかけている僕たちの家。
その片隅で、僕とアスカは身を寄せ合っていた。 お互いの肩を抱き、荒れ果てた部屋の隅で僕たちは壁を背にして座っていた。
「シンジ・・・わたし怖い・・・」
呟くアスカが震えていた。
「いったいエヴァって何なの・・・どうしてわたし達が戦わなきゃいけないの? わたし、全然・・・そんなこと考えてもみなかった・・・」
「うん・・・」
僕は、辛うじて口を開いた。 アスカには話しておきたい。 自分自身で抱え込むことなんかできなかった。
初号機に同化していた時、僕は確かに母さんの声を聞いた。
父さんの望もうとしている世界は、人が人として生きられない世界だと。
怒りや憎しみ、他人を拒む心の壁を排除して、一つになる完璧に調和した世界だと。
そんな中では、人は自分自身を認識することすらできなくなると。
そのためにその行為を阻害する使徒は倒さねばならないのだと。
しかし、父さんが望む世界の中では、夢も希望も存在しない。 あるのは、形のある虚無な世界。
それでは、人に未来など永久に訪れることはない。 エヴァをそんなものの依り代にしてはならないと。
だけど、母さんは僕に、具体的にどうしろとは、一言も言ってくれなかった。
僕が問い掛けても、母さんは何も答えてくれなかった。
全ては自分自身で見出さなければならない。 結局はそれが、母さんが僕に授けた謎掛けだった。
自分で考え、自分で行動する。 そのことを繰り返して、人は一人前になっていくのだろうか?
僕にはまだはっきりとは見えなかった。
「わたしにも、分からないわよ・・・」
アスカが小さな声で呟いた。
「だけど、わたしは嫌っ。 自分だか他人だか分からない世界だなんて・・・まっぴらよ!」
「アスカ・・・」
アスカと同じ気持ちだった。
自分と他人の区別が付かない世界なら、自分がいてもいなくても全く同じ。
こうしてアスカの温もりを感じたり、鼓動を聞くこともできない。 そんな世界に何があるというのだろう。
月明かりが、壊れた窓の向こうから青白い光を照らしている。
僕とアスカは、まっすぐお互いを見つめ合った。
「僕は、アスカと一緒にいたい・・・喧嘩しても、叩かれても、僕はアスカと一緒にいたい。 アスカのその温もりをいつも身近で感じていたい・・・」
「シンジ・・・」
アスカの柔らかな手のひらが、僕の頬を優しく撫でる。
「わたしもシンジと一緒にいたい・・・どうしようもないバカで、冴えない奴だけど、それでもわたしはシンジを感じていたい・・・」
僕は今、アスカしか見えていなかった。
月の光が白いブラウスを青白く輝かせ、紅茶色の髪をも煌めかせる。
その美しさをいつもでも見ていたいと思った。 最後に残った僕の大切な仲間。
僕は心底彼女が愛しいと思った。
僕はアスカの肩に添えていた手に力を入れて、静かに後ろへと押した。
「あっ!」
アスカの小さな声が聞こえる。 今、僕の腕の中で、アスカが横たわっていた。
見上げるように瑠璃色の瞳を僕に向け、身を小さくしているアスカが居た。
「アスカ・・・・」
「・・・シンジ。」
アスカが小さく息を飲んで、コクリと頷いた。 僕たちはまだ、言葉にして気持ちを伝え合ってはいない。
アスカを一人の女性として好きだという気持ちを・・・アスカが僕を一人の男として好きでいてくれるかと言うことも、何一つ。
だけど、僕はそれでも良かった。 僕はアスカが好き。 その気持ちだけで十分だと思った。
いつ死んでしまうか分からない。 だから、アスカに、僕が居たという証を残したかった。
せめて彼女の心の片隅に・・・
僕はアスカを抱きすくめ、唇を求めた。 閉じた瞼にキスをした。 何度も何度も髪を撫でた。
そんな僕をアスカは受け容れてくれた。 瞳を閉じ、僅かに開いた口から甘い息を漏らしている。
初めて見る女性としてのアスカだった。
僕が改めて、そんなアスカの顔を眺めた瞬間、一条の光が僕たちを照らし出した。
「シンジ君! アスカっ!」
驚いて光の方を向いたけど、その明かりの目映さに目が眩み、僕は片手で目を隠した。
その声の主はミサトさんだった。 おまけに今の僕たちは言い訳ができないような体勢で抱き合っていた。
いつものミサトさんなら、にやりと笑って冷やかすかもしれなかったが、今日のミサトさんは様子が違った。
「大変なのよっ! すぐに来てっ!!」
直接呼びに来ること自体が異例だった。そして、僕たちの行為などに何の興味も示さずに急き立てた。
いったい何があったというのだろう?
動揺を隠しきれないままに、僕はアスカを見つめた。
もうそっとしておいて欲しい・・・
ライトに照らされたアスカの瑠璃色の瞳は、そう物語っていた。
こうして呼ばれて向かったネルフの中央病院には、信じられない光景が映っていた。
そこには綾波が居た。
あれだけの大爆発の爆心地に居たにもかかわらず、綾波は、体の各所に包帯を巻いているだけで生きていた。
「綾波っ!!」
「ファーストッ!!」
僕とアスカが目を見開いた瞬間、彼女のまるでルビーの石のような無機質な瞳が、僕たちを捉えた。
「・・・誰・・・?」
まるで他人を見るような冷たい眼差しがあった。
「何言ってんのよ!・・・忘れた訳っ!?」
いきり立ったアスカが詰るような口調で言い放った。
「綾波・・・君は僕たちを助けてくれたんだよ・・・覚えてないの?」
「そう・・・」
綾波は静かに口を開いた。
「分からないの・・・私、3人目だから・・・」
僕とアスカは、綾波が何を言っているのか分からず、ただ顔を見合わせるしかなかった。
だけどそれは、リツコさんから聞かされた恐るべき話によって、僕たちはようやく理解した。
L.C.Lの中で漂う、幾人もの綾波を見て・・・
それは異様な光景だった。
魂のない、ただの入れ物としての綾波が幾人もいる。 それは人間じゃない・・・ただの人形。
「何よこれ・・・?」
傍らでアスカが絶句して、その円筒形の容器を眺めていた。
僕たち二人とミサトさんの前で、リツコさんは、自らの行いを全てぶちまけ嗚咽していた。
綾波はクローンであり、エヴァとシンクロするために作られた存在だという。
そして、全ては父さんの差し金だったと言うこと。 そして、リツコさんもまた愛情に飢えていた存在だったのだ。
その時、綾波の『群れ』が一斉にこちらを向いた。
綾波と同じ姿でありながら、感情も意識もない人形の瞳が、一斉にこちらを見る光景は異常とも言えた。
「うっ!」
アスカが思わず顔を背けた。 見てはならないもの・・・背徳行為。
その全てにアスカは不快感を露わにしていた。
心と体は必ずしも同一の存在であるとは限らない。 しかし、体が滅ぶ時心も形を失う。
それでも人は昔から、魂の存在を信じていた。 肉体が滅ぼうとも、魂は必ず回帰して再び新たな命に宿る。
そう信じている。 それが正しいのかどうなのか、僕には分からない。
だけど、現実に綾波の姿を目にして、僕は魂の回帰があり得ない話ではないことを知った。
それが刷り込まれた記憶で無いとするならば・・・
しかし、その直後、綾波の肉体群が突如崩壊し始めた。 リツコさんが制御装置を壊したから。
明かりが消え、闇の中に消え去る綾波を眺め、リツコさんは、肩を振るわせ泣いていた。
愛ある故に、愛に溺れ、見せかけの愛に盲信したが故に・・・母親と同じ男性を愛したが故に・・・
「父さんは・・・大馬鹿野郎だ・・・」
僕は小さく呟いた。
父さんは綾波を依り代として、新たな世界を作ろうとしていたんだ。
そして僕たちチルドレンをエヴァに乗せて使徒と戦わせる一方で・・・
綾波には代わりは幾らでもいる。 アスカはエヴァに乗ることにプライドを持っている。
そして僕を思い出した。
父さんと母さんの息子である僕なら、エヴァに多少なりともシンクロできる筈だと・・・
結局父さんは、誰も信じていなかったんだ。 母さんを失ってからは特に。
そして人の新たな可能性を見出そうとする『人類補完計画』を流用し、自分達のシナリオを作り上げようとした。
初号機の中で聞いた母さんの話。 今のリツコさんの話。 その全てを纏め、僕はそういう結論を導き出した。
その結末がどういうものかは想像できなかったが、おそらくは父さんは母さんに会いたいだけなのだ。
あの母さんの命日で、父さんが僕に言った言葉。
《この墓標に意味はない・・・全ては心の中に存在するのだ。》
その意味も僕はようやく理解した。
父さんも結局は一人で戦っていた。 しかし、僕やアスカ、ミサトさんやリツコさんとは違って、誰にも頼らなかった訳じゃない。
みんなを巻き添えにして、一人で戦っているんだ。 利用できるものを利用し、全てを踏み台にして成果を得ようとしていたんだ。
許せない・・・息子として。
許せない・・・人間として。
僕は、傍らのアスカの手を強く握りしめた。
「シンジ・・・」
「アスカ、僕はもう逃げないから。 父さんにも、使徒にも・・・絶対絶対逃げないから。」
驚いたように目を見開く、瑠璃色の瞳に僕は決意を込めて言い放った。
「だからアスカ、僕に力を貸して。 『人類補完計画』なんて、絶対やっちゃいけないんだ。 僕たちの力で、それを阻止しなきゃいけない。 もう、幾人もの綾波を利用させることのない、幸せな世界を作らなきゃいけない。 そのためには・・・」
言い掛けた僕の口を右手の人差し指で塞ぎ、アスカはにっこり微笑んでいた。
「このわたしの力が、必要って訳ね!」
僕は、アスカに結論を先回りされて、他に出るべき言葉もなく頷いた。
「フフフッ! 人から頼まれ事されるのって、何だか気分が良いね!」
これ以上ないと言ったような、満足そうな笑顔がそこにあった。
「良いわ! あんたの相棒になってあげる! ただし、この貸しは大きいわよ!」
満足そうな笑顔から、昔のような不敵な笑みに変わってアスカは僕の腕を両手で握った。
「アスカ・・・」
「離れないからね! あのファーストが何を言っても、わたしはあんたから離れないからね!!」
「うん。」
その瞬間、僕の全身にアスカの温もりが伝わった。
紅茶色の長い髪が、僕の頬や腕をくすぐる。 抱きつかれていることに気が付いたのはその直後だった。
ことアスカに関しては、僕は逃げ道を完全に塞がれているような気がした。
「誰にも・・・あげないんだから・・・あんたは、わたしのものなんだから・・・」
僕の耳元でアスカが囁いた。 そのくすぐったくなるような甘い声は、僕の心を痺れさせていく。
僕は何ら迷うことなく、両腕をアスカの背中に回していた。
「ちょっと・・・あんた達。」
冷ややかな声が殺気となって僕の耳に届く。
ハッと我に返って振り返ったその先には、ミサトさんが眉間に皺を寄せて佇んでいた。
「いちゃつくんだったら、どこか余所でやってくれないかしら・・・」
先程まで泣き崩れていたリツコさんまでが、端正な顔に怒気を込めて僕たちを睨んでいた。
最悪のタイミング・・・僕とアスカは共に揃って後ずさりした。
「シ、シンジ・・・も、戻ってミーティングよ。 これからの戦闘訓練の打ち合わせもしないと・・・」
「そ、そうだね・・・アスカ・・・いこっか・・・」
二人の怨嗟の眼差しに押し出されるように、僕はアスカと一緒に出口へと駆け出した。
その時・・・
僕たちの耳に、ベートーヴェンの交響曲『第9番』の鼻歌が流れてきた。
口ずさむ歌声が、その場に響き、綾波の『群れ』が消えたL.C.Lの向こうから一人の人物が姿を見せた。
「歌は良いねぇ、リリンの文化の極みだよ。」
見かけない人影がそこから姿を現した。
赤みがかった銀色の髪を持ち、僕やアスカとそう歳は離れていなさそうな気がした。
「誰・・・部外者は此処には入れないはずよ。」
ミサトさんが、銃を取り出してその人物に向けた。
ミサトさんが軍人だとは知っていたけど、実際に銃を手にしているのは初めて見た。
「そうですねぇ、葛城ミサトさん。 フィフスチルドレン・・・になり損なった存在・・・とでも名乗っておきましょうか・・・」
人を食ったような表情をして、彼は僕たちを見回して薄ら笑いを浮かべていた。
「何にせよ、僕の出番はもうない。 惣流アスカさん・・・君はまだ疲れてはいない。 自分の中にも閉じこもってもいない。」
「なっ・・・!?」
アスカが絶句して目を見開いた。 そんなアスカを庇うように手を伸ばし、僕は彼に言い放った。
「何を言ってるのか分からないよ。 そもそも君は誰だ!?」
初対面の人物に自分の事を知られているという事が僕を緊張させた。
ひょっとしたら、ミサトさんやアスカと同じように僕の事も知っているに違いない。 そう確信した。
「僕は使者さ。 古のまつろわぬ白き月の民より、この地に遣わされた最後の使者。 碇シンジ君・・・君が人類の存続を願うのなら、僕は君に接触する必要もない。 ただ、一目君たちを見ておきたかった。 心弱きものが作りし、アダムの欠片を拾ってね・・・」
そう言うと、彼は静かに目を閉じ、何かを念じ始めた。
その時、ネルフ本部全域に警報が流れ、戦闘配備を知らせる命令が鳴り響いた。
《波長照合・・・シグナル、青! 使徒です! セントラルドグマに侵攻中!》
マコトさんの緊張に満ち溢れた声が響いている。 その様子を見ながら、彼はにっこりと微笑んだ。
「もう、入り込んでいるよ。 さぁ、おいで・・・アダムの分身。」
そこに姿を現したのは綾波だった。
片手に壊れた父さんの眼鏡を握りしめ、まるで、彼に誘われるかのように足音も立てずにゆっくりと近づいていった。
「綾波っ!」
「ファーストッ!」
「レイッ!!」
僕たちの声が響く。 しかし、綾波は僕たちの声には応じようとはしなかった。
ガキッ!!
乾いた音が響いて、眼鏡が握り潰された。 綾波が父さんとの絆として持っていたあの眼鏡が砕け散った。
「私は行かなければならない・・・私はあの人の人形じゃない・・・碇君・・・あなたには分かるでしょ?」
綾波が紅玉の瞳を僕に向けて口を開いた。
それは、先程見た3人目の綾波ではなかった。
一緒に戦い、一緒に苦楽を共にした零号機パイロットの綾波レイだった。
綾波を依り代として起こそうとした『人類補完計画』。 それは父さんの描いた本当のシナリオ。
それが今、音を立てて瓦解しようとしている。
「だけど・・・君はどうなるんだ?」
「魂は何度でも甦る・・・悠久の時の中で・・・そしていつか必ず・・・」
その時、この漆黒の空間に、父さんの悲痛な叫びが聞こえてきた。
「待てっ! 待ってくれ! レイッ!!」
いつもの冷静沈着なネルフ司令としての威厳は何処にもなかった。
必死で綾波に縋り付き、哀願する哀れな男の姿しか存在しなかった。
「あなたには・・・失望したわ・・・」
それは、父さんが何人もの人々に向けて言い放ってきた言葉。 それが、言葉の武器となって父さんを刺し貫いた。
これほど辛辣に父さんを打ちのめした言葉があるだろうか。
がっくりと項垂れる父さんを、僕は黙って見守るより他になかった。
「さぁ・・・行こうか。 僕たちが本来存在すべき所へ・・・」
その彼に促され、綾波は漆黒の闇の中に消えようとしていた。
「綾波っ!」
僕の呼びかけに、彼女はゆっくりと振り向いて笑顔を見せた。
「また・・・会えるわ・・・それにアスカ・・・ひとまず碇君をあなたに預けておくから・・・」
綾波が初めてアスカを名前で呼んだ。
「ふん! いつでも掛かっていらっしゃい! そう簡単にシンジは渡さないわよ! レイッ!」
口ぶりこそ厳しかったが、アスカは笑っていた。
それは自信に満ちた笑顔だった。 そして、僕は気が付いた。
アスカもまた綾波を名前で呼んでいることを。
こうして、父さんの『人類補完計画』は崩壊した。
しかし、父さんのシナリオが崩壊しても、ゼーレはまだ諦めてはいなかった。
戦略自衛隊を本部に送り込み、量産型のエヴァ・シリーズを投入したゼーレは、圧倒的な力で僕たちを押しまくった。
そんな中で、僕とアスカは初号機と弐号機を発進させて戦った。
上空を乱舞する白い9機のエヴァ。 その集団攻撃の前に、僕もアスカも満身創痍だった。
「アスカ・・・生きてる?」
「まあね・・・」
内蔵電源が切れて、活動不能になった弐号機からアスカを救出して初号機に乗せた僕は、アスカを抱き寄せて声を掛けた。
「思い出すね・・・初めて二人でエヴァに乗った時のことを・・・」
「ええ、あんたがドジでバカで、わたしの足を引っ張りまくったものね。」
「だけど、上手くやれたじゃないか・・・今度も上手く行くさ。」
もう、本部からの連絡は入ってこない。脱出したのか、やられたのか・・・それすらもわからない。
ただ言えること・・・それは、この小さな小さなだだっ広い空間に、二人でいること。
逆説的な言葉かもしれないけど、僕はこうしてアスカと二人で生きている。
無限の行動力を持った、初号機がいるということ。 僕は上空を乱舞するエヴァ・シリーズを見上げながら口を開いた。
「アスカ・・・久々に、最大戦速、フルパワーでやろうか!?」
「フフッ、62秒でケリをつけるのね!」
アスカがにっこり微笑んだ。 負ける気は全然しなかった。
だって、僕にはアスカが居る。 僕が大きな借りを作ってしまったアスカが居る。
彼女への借りは、一生掛かって返さなきゃならない。
つまり、それは・・・僕がアスカを幸せにすること!
そのためには・・・
「「負けられないんだよっ!!」」
僕とアスカは初号機の咆吼を耳にしながら、二人で一緒に機動レバーを引っ張った。
Fin・・・
Produced on Sep.12th '02
デニム「Tomyu.SさんからD-partをいただきました。ありがとうございます」(^^)
アスカ「これって…結局、LASだったのかしら?」
デニム「少なからずですが、これもそうでしょう」
アスカ「…最後、どうなったのかしら?」
デニム「心配ないですよ。貴方達のことです、きっと勝ってますよ」
アスカ「…そうよねっ!」(^^)
デニム「…最後に、気になることと言えば」
アスカ「Tomyuさん、これで新規執筆活動は完全に終わっちゃうんだよね」
デニム「ええ…残念なことです」
アスカ「…だったらその分、アンタが頑張ればいいんじゃない」
デニム「…そうですよね」
アスカ「…素晴らしい作品を書いてくださったTomyuさんに、どうか感想をお願いします」
Tomyu.Sさんの感想はこちらへお願いします。
tomyu.s@unsnerv.com
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