無料-
出会い-
花-
キャッシング
世界とは何なのだろう?
この問いに答えられる者が、果たして存在しているであろうか?
私たちが存在している今現在のこの空間、それが全てであると断言出来る者が居るであろうか?
全く違った時間軸の中で、全く違った世界が無いと、どうして断言出来るのであろうか?
文明というものが全く存在せずに、悠久の時を大いなる大自然とともに歩む人類。
地球という狭い惑星を飛び出し、無限であり夢幻である宇宙の全てかもしれない区域を制覇した人類。
そして…………千年紀の境目に大いなる人災を巻き起こし、嵐の前の一時を限りない謀略と欲望で埋めつくし、福音を以って神の御使いと戦った人類。
それらは皆有り得たかもしれないもう一つの可能性。
これから私が語ろうとしている世界も、そんな可能性の一つ。
それは剣と魔法の世界。
私たちの世界ではゲームや小説の中の物語に過ぎない筈のものたちが、実際に存在している世界。
だが、その全てを語り尽くすには、とてもとても時間が足りない。
私たちの時は決して悠久のものでは無いのだから。
だから私は二人の少年と少女の物語を語ろう。
限りある時の中で、それでも永遠と成り果てた彼らの物語の、その始まりを。
それは未だほんの序章に過ぎないが、この物語が、少しでもあなたの心に残るならば、私が今この場に存在していることも、決して無駄では無いと信じて…………
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
〜風の薫るこの場所で〜
BY ミカエル
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
地の果てに夕陽が落ちて行く。
巨大な焚き火は、その太陽にも劣らぬほど、煌煌と辺りを照らし出し、冬枯れた蛾々たる山の景色に背いて、周囲は真夏のように暑かった。
衰える様子も無い炎の中に、若い兵士たちは猶も次々と生木を投げ入れる。彼らはその炎に何を見ているのか。
任を果たした喜びを、踊る炎に重ねているのか。
それとも、燃え盛る炎の中に、彼らの住む町の行く末を重ね、絶望しているのであろうか?それを心の奥底に押し込める為に、必死で騒いでいるのか。
薪の爆ぜる音に負けぬ狂笑の声が、またひとしきり高まった。
この兵士たちの属するは、王国ネルフ。
山がちな辺境に位置していながらも、最強と言われている強国である。
辺境の地であるが為に、自衛の力を蓄えて、邪悪なる者たちを踏み込ませぬようにしなければ、この国は決して国足り得なかった。
他の強国との交流も乏しく、おのずから自軍の充実と鍛錬が求められた。
そして、誉れを求めて、各地から優秀な人材が集い来った。
だが、これを他の国が行おうとしても、中々同じようには行かないであろう。
ならば何故この国にのみ、それは許されたのか?
答えは簡単であった。
カリスマが、居たのだ。
その名は、現ネルフ国王、碇ゲンドウ。
彼は、その強烈な存在感と、そして強力な魔力で国を束ね、そして強めて行った。
こうして、ネルフは、世界最強と呼ばれる強国へとのし上がったのであった。
だが、この時代、敵は人間だけでは無かった。
それは、魔王と呼ばれる者の存在。
名はバリル。
バリルは、その凄まじい魔力と恐るべき魔物の軍団を使って、世界に絶対的な死の恐怖を振りまいていた。
だが、決して人間たちも手を拱いて見ていた訳では無い。
当然、戦いの意志と、魔王軍に対抗する為に立ちあがる国は存在していた。
その魔王の侵略に立ちあがった国こそが、このネルフ王国なのである。
そして、この遠征も魔王に対抗する戦いの一つであったのだ。
先月の中程より西方の山岳地帯を中心に異変が起こっていた。
闇夜は兎も角、太陽の輝く昼間は決して姿を見せることの無かった魔物たちが突如、異様なまでの増加を見せた。彼らは、昼も夜も問わずに出現し、破壊と殺戮の限りを尽くしていた。
それを正す為に、ネルフは出兵していたのである。
そして、既に無事勝利を掴んでいた。
先程からの饗宴はその為である。
彼らに未だ敗北は無い。
だが、其れ故、冷静な思考を持つ者たちは恐れていた。
いくら自分たちでもこんなにも簡単に魔物たちを滅することが出来る筈が無い。本当に力ある者たちは未だ魔界の奥底に居て、自分たちを一気に皆殺しにしようとその牙を研いでいるのではないのか?と。
それらの思考の持ち主は軍の中ではほんの一握りに過ぎない。
だが、それは恐らく間違いの無いことであろうと、彼らは確信していた。
そして、その思いは国王碇ゲンドウも抱いているであろうことも。
そして、その思いを抱いて、この饗宴にも参加していない者がここにも一人居た。
否、それは戦士と言うには余りにも幼い、だが神の造形美を思わせる程に美しい一人の少女であった。
彼女の髪は蜂蜜色に煌き、神の与えたもうた輝きを保っている。
その瞳は、海の深淵よりも猶深いブルーアイズに彩られ、確固たる意志の炎を灯している。
その肢体は、少女とは思えぬ程に妖艶さを持ち、後数年もすれば間違い無く傾国の美女と呼んでも差し支えが無いと言える程に妖しい。更に、そこには大人との境目に見せる一瞬の煌きをも垣間見えている。
その二つの相反する魅力が、彼女の肢体を更に魅力的に仕上げていた。
美の女神すらも嫉妬するであろうその少女の名は惣流・アスカ・ラングレー。
ネルフ王国始まって以来の天才剣士と噂される戦士であり、この物語の主人公の片割れである。
彼女は何処か物憂げにその饗宴を見つめていた。
その姿に声をかけてみようかと思う不埒者も沢山存在していたが、彼らはその存在すら彼女に気付いてもらえず断念していた。
そして、何より彼女の心を奪った唯一人の存在を知っている故に。
そしてまた、その相手の方も彼女のことを憎からず思っていることを知っている故に。
そのことに気付いていないのはお互いのみで、それは既に周知の事実と化していた。
その彼女の想い人こそが、この国の唯一人の後継者にしてこの物語のもう一人の主人公、碇シンジである。
だが、彼の姿はこの宴の場には終ぞ見られない。
それは当然のことだ。
何故なら彼はこの戦いには参加していないのだから。
そう、彼は行く行くはネルフの次期国王という身でありながら、徹底的な平和主義者だったのだ。
当然、戦いの技術もまるで無く、何処ぞのプルプルした最弱キャラにすらも打ち勝てないようなレベルであった。
だが、そのような彼を非難する国民は殆ど居ない。
それは一言で言えば、その彼の戦士にはまるでそぐわない気性故だろう。
彼は、誰からも好かれていた。
それは、形は違えど、見る者全ての心を奪うカリスマを持った、碇ゲンドウの血の為せる業だったのかもしれない。
などということを、シンジの居ない寂しさを紛らわす為にぼんやりと考えていたアスカであったが、そろそろ宴も酣であることに気付いた。
宴の終わりと言えばいつも…………
「……皆の者、よく聞くのだ…………」
あたりにとても低い、だが、奇妙な存在感を伴った声が響き渡る。
そう、それは最早恒例となったゲンドウの演説であった。
尤も、それを心底嫌っている者は居ない。
少々、変わり者であるが、彼が民から慕われている証拠であった。
「……いかに魔王軍が世界を蹂躙し、街を焼こうとも恐れることは無い。我らには団結の力がある。例え一人一人の力は弱くとも、それが何千、何万と集まれば我らは無限の可能性を示すことが出来る………それを示す為にも戦おう……歴史に名を遺す為でも、酔狂でも無く、護るべき者たちを護る為に……………」
それが、ゲンドウの発した言葉の全てであった。
そんなに長いという訳では無いその演説が、しかし皆の心に染み渡った。
そしてそれはアスカも同様だった。
彼の演説を聞いていると、何とかなるような気がしてくる。
この永遠の闇に包まれたとも言われているこの時代に、希望さえ見えてくるのだ。
自分たちの内なる不安さえも吹き飛ばしてしまう程に…………
ともあれ、宴の夜はこうして深けて行った……………
宴の翌日、人々の生活は既に日常へと回帰していた。
兵士たちは、また、訓練に明け暮れ、商人は行商を、主婦は家事をと、それはいつもの風景だった。
そして、この国の王子、碇シンジもそれは同じだった。
彼はいつものように剣の稽古をさぼり、いつものように魔法の鍛錬をすっぽかして、城の調理室で料理女たちに料理の手解きをしていた。
「う〜〜〜んっ!」
王子、碇シンジはそう言ってスープを一口舐めた。
「イマイチだね〜………これはあんまり薦められないね………」
シンジのその声に、それを作ったであろう娘が落胆した面持ちで応える。
「そんなあ………折角シンジ様の為に、心を込めて作ったのに…………」
娘のその声にもまるで動じずにシンジは講釈を続ける。
「これはね、味付けが駄目なんだよ………城の畑にパデキア草が沢山植えてあるでしょ?その茎をね、磨り潰してチョチョイッと混ぜればグッと味が締まって美味しくなるよ。」
そこで、一呼吸の間を置き、シンジは更に続ける。
「それにね、パデキア草は怪我や病気にも良く効いて栄養も満点だからね、きっと皆に喜ばれると思うよ。」
シンジのその言葉に、女たちが黄色い声援をあげる。
「さすがあ〜!シンジ様って物知りィ〜〜。」
「ねえねえ、今度はあたしのを食べてみて下さい。」
「いえ、あたしのを!」
楽しくも姦しく、シンジたちが楽しんでいる所へ、ふと大きな音を立てて、扉が開かれた。
すると。
「こんのヴァ〜カシンジ!こんなところで何やってるのよ!!」
その扉から出てきたのは、今のシンジにとって魔王よりも遠慮したいであろう相手、アスカだった。
「や…やあ、アスカ。何をそんなに怒っているんだい?」
おっかなびっくりではあるが、恐る恐るシンジがアスカに声をかけると、返って来たのは更なる罵声であった。
「なっ!……あんたねえ………このあたしの剣の稽古をサボっておきながら、何しらばっくれてんの!!ちょとこっちに来なさい!!!」
そう言ってアスカはシンジの首根っこを掴むとズンズンと歩き出した。
「「「「「ああ〜ん!!シンジ様ぁ〜〜!!!」」」」」
シンジが律儀にもその声に手を振って応えていると、アスカの拳骨が振り下ろされ、そのまま部屋から出て行った。
後には、毎度のことながらも女たちが残されるのみだった。
「さ〜あ、バカシンジ!言い訳があるなら何か聞かせてもらいましょうか!?」
そう言って凄むアスカにシンジは若干引き気味になりながらも、アスカを刺激せずに済む言葉を模索する。
「別に剣の稽古なんてしなくたって、敵が攻めてきたらアスカとか、父さんとかが居るんだからいいじゃないか……………」
シンジの弁明の言葉も、返って来たのはアスカの張り手のみ。どうやら、彼の言葉の検索は無駄に終わったようだ。
「はあ〜〜………返す言葉も無いわね……でも!これだけは言っときますけどね!!今は戦いの時代なのよ!!?何時魔王があたしたちの国に攻め入って来るか、全く分からないのよ!?そうなったら、自分を護れるのは自分のみ!!あたしが側に居ればいいけれど、そうじゃなかったら、あんた一体どうするつもりなのよ!!!?料理ばっか出来たって仕方無いじゃない!!!!」
それに、ひょっとすると、あたしが側に居ても護りきることが出来るかどうか分からないってのに………
そう、アスカは口の中で小さく付け足すと、再びシンジに詰め寄った。
「ま、何とかなるんじゃないかな?そんなにいっつも気を張ってちゃ、アスカの方ももたないよ?もう少しアスカは楽にしててもいいんじゃない?アスカの頑張りは僕が一番知っているからさ………言ったろ?僕の前では無理しなくてもいいって…………」
そう言うとシンジは立ちあがって歩き出した。
アスカはその後ろ姿が見えなくなるまで見つめていたが、内心、シンジの言葉をとても嬉しく感じていた。
が。
「ちょっ……結局、稽古の方はどうなったのよ〜〜〜!このバカシンジィ〜〜〜!!!」
だが、アスカの叫びも虚しく木霊するだけだった。
暫しの沈黙の後、アスカは再び走り始める。
こんなことは日常茶飯事のことであるから。
いつも、シンジを見つけても、口八丁で煙に巻かれてしまうのだ。
中々に嬉しいことを言ってくれたりもするが、それとこれとは話が別、というか、それがアスカがシンジを取り逃してしまう最大の要因であった。
と、走り去るアスカの後ろ姿を眺める人影が一つ。
「……分かっているさ、アスカ。君の言う通り…………」
そこでシンジは言葉を切ると天空を見上げて、その大いなる自然の描き出した美を暫し観賞する。そして一言。
「戦いが、近いようだ……」
そのシンジの声はアスカに殴られている時の情けない声でも、調理室で女たちの相手をしている時のおちゃらけた声でも、アスカだけに見せる、優しさを込めた声でも無く、とても重く、だけれども確かな意志の力を見せていた。
彼の見つめる先にある、美しい天空に浮かぶ雲だけが、それを見ていた…………
そして、その夜―――
突如としてネルフ城、否、ネルフ王国は凄まじいまでの数を誇る魔物たちの大群にその周囲を囲まれていた。
それはまるでシンジの言葉を聞いた地獄の神が、気紛れに彼らを消し去ろうと出した地獄への使者のようでもあった。
「陛下!我が国は完全に包囲されています!!既に幾つかは攻め込んでいます!!!このままでは全面戦争は避けられないものかと………」
危急を告げる兵士の声が響く中、王ゲンドウはそれでも厳然とした姿を崩さなかった。
それは、決して不安で無かった訳では無い。
だが、王としての彼自身の内なる声が、自らが取り乱して、無用の混乱を生み出す事を許さなかったのであった。
(バカな……早過ぎるっ!)
それがゲンドウの脳裏を支配している全てであった。
魔王軍の侵攻は、予想されていたことではあるものの、彼の予見ではそれはもっと先のことである筈だった。
だが、今はそんなことを言っている場合では無い。
「戦える者たちは武器を持ち、それ以外の者たちは城の地下に避難しろ!街に居る者たちの避難も忘れてはならん!!……いいか!街や城などどうなっても良い!!だが、死者だけは出すな!!!絶対に生き延びるのだ!!!………例え、敗北したとしても、人の命さえあるならば、全ては再びやり直せるのだ……………死ぬなよ………!」
ゲンドウのその演説は、兵士たちの心に強く染み渡った。
正直、死者を出さないなど、無理な話であろう。それは皆も、そしてゲンドウ自身も分かっていることだった。
だが、ゲンドウの言葉に秘められた意図の分からないような愚か者は居なかった。
彼は、生きろ、とそれしか言っていない。
それは、逃げても良い、ということだった。
例え、逃げて、それによって国が滅んでも、それでも構わない。生きてさえいれば。
彼はそう言っているのだ。
だが、彼の言うことを理解しているような者たちが逃げ出す筈も無かったが。
「陛下………シン…いえ、王子は何処に?」
そう問い掛けたのはアスカだった。
「いつも通り、シンジで良い、アスカ君。……が、シンジの所在は不明なのだ………城の何処にもその姿が見られない………だが、あいつは、城の外にある誘いの森に行くと言っていたらしいのだ…………」
ゲンドウのその言葉に、アスカの顔色が変わった。誘いの森は、正しく今、魔物たちが攻め入ってきているその場所であったから。ひょっとしたら逃げ遅れているのかもしれない。いや、もしかしたらもう………
思わず駆けだそうとしたアスカだったが、それを止めたのはゲンドウであった。
「駄目だ……今ここで君を失う訳にはいかん………街には、まだ逃げ遅れている人たちは沢山居る………例え、我が息子であろうとも、特別扱いをする訳にはいかんのだ…………」
ゲンドウのその言葉に反論しようとしたアスカであったが、ゲンドウのその顔をみて、それも出来なかった。
すなわち、ゲンドウの苦悩がそこにはありありと読み取れたから。
彼もまた平気では無い。平気な筈が無い。
だが、彼は国王であった。王として、たった一人の者の為に皆を危険に晒す訳にはいかない…………それは王としての彼の苦渋の選択であった。
「おじ様………」
ゲンドウのその姿に、アスカは思わず公儀の場での呼び方では無く、昔ながらの呼び方をしてしまった。
「大丈夫だ……それに、シンジもまだ死んだと決まった訳では無い………あいつのことだ、きっと生きているさ…………我々はあいつを信じて、生き延びる為の戦いをしよう……………」
いつしか、ゲンドウたちのやり取りに、皆が耳を傾けていた。
皆も知っているのだ。ここに居る彼女と、シンジの持つ想いを。
だが、何も言えなかった。例え、何を言おうとも、彼女には慰め以上のものにはならないと分かっていたから。
信じること。
それだけが、今この場で彼らに出来る、唯一のことであったから。
「さあ、我々も行こう………聞け!今回の戦いは、私が直接指揮をとる!!今が……戦いの、時だ………!」
ゲンドウのその言葉に、皆もまた動き出す。
戦いの本当の幕が、遂にあがろうとしていた…………
城の南方に位置する誘いの森の奥深く。未だ嘗て、誰もがその存在すら知らないであろう、神々の時代よりの遺跡に碇シンジは居た。
涼しげな風が何処からか吹いて来るその場所は、彼の母が眠る場所でもあった。
否、正しくはその地下100m程の場所。そこに彼は居た。そして、目の前にある、一振りの剣を見つめながら物思いに耽っていた。
理解はしていた。それが、彼の戦いの始まりであるということを。古の昔より運命――さだめ――られた戦いの時であることを。
だが、彼は躊躇していた。
元々、彼は争いが大嫌いであった。人を殺すくらいなら、自分が殺された方がマシだ、とまで言ったこともあった。
だが―――
「分かっているよ、母さん………僕が戦わなければならない時が来たってことくらい…………」
彼は虚空に向かって、静かに語り掛けていた。
「僕が戦わなければ、皆が苦しむ、何より、アスカが苦しむ…………」
それは、彼の迷いというよりは、二度と揺るがぬ決意を、最後に聞かせているようであった。
「僕はアスカを護りたい……例え、この世の全てと引き替えにしても、彼女を護りたい………そう、その為には僕はもう迷わない…………戦って戦いぬく!……だけど………その前に一度だけ、母さんに言っておきたかったんだ…………僕にも、護りたいものが出来たって………」
そう、彼の母親は、彼を護って死んだ。彼はそのことについて、何も語らなかった。心の奥底に封印したかのように。だけど、たった一言、彼の母親が今際の際に遺した、たった一言だけは―――
―――シンジ、何も悲しむことは無いわ………
私は命に代えても、あなたを護りぬきたかった………
だから、こうしたの……このことに全く、後悔は無いもの………
ねえ、シンジ……………
いつか、あなたも、自分にとって心の底から護りたい、と思える人を見つけなさい?
そして、その人を見つけたならば、決して手放しては駄目よ………
私にとっては、それがゲンドウさんであり、そしてあなただった………
いいわね?シンジ………
それが、出来るまでは、決して私の所来ちゃ……だ…め……よ?
彼の母は最期にそう言い残して死んだ。
以来、彼はそのことだけは常に忘れずに、心に想っていた。
そして、今、その約束を果たす………
「僕は行くよ……母さん……………ありがとう………」
シンジのそう呟くと、目の前に突き刺さっていた剣を引き抜く。そして、持っていた鞘に収める。それは、母の魂の宿った剣。
これで……いいんだよね?母さん…………
シンジはそう心に想う。その言葉が母に届くと信じて。
―――そう……それで、いいのよ………シンジ……頑張ってね…………
ふと、亡き母の声が聞こえたような気がした。
彼が大好きであった微笑みと共に。
それは、夢は現か幻か…………
だが、それは何であれ、彼にとってはこの上ない激励に違いない…………
彼の戦いは始まった……………
アスカたちは、この上無く善戦していた。
自軍の十倍にも及ぶ魔物たちの軍勢に、それでも諦めること無く戦っていた。
そこには、ゲンドウの存在が齎す安心感があったことは言うまでも無い。
だが―――
そこに、魔王が居た。
彼は信じられないまでの力を持って、街を城を、そして人を暗黒へと飲み込み、そして葬り去っていった。
さすがのゲンドウと言えど、魔王には勝てなかったのだ。
屍の上に木霊する、死の神の嘲笑を聞きながらも、人間たちに為す術は無かった。
皆、心の奥底に棲み付いた、“諦め”の想いが、徐々に強まって行くのを感じていた。
だが―――
唯一人、惣流・アスカ・ラングレーだけは諦めていなかった。
命にも関わる程の傷を負った、自らの想い人の父の手当てをしながらも、決してその瞳に灯された炎が消えることは無かった。
その彼女を見て、魔王は言った。
「ククク……この絶対的なまでの力の差を見ても未だ我に逆らうか?………気に入ったぞ、娘よ……この国を滅ぼした後も、お前だけは生かしておいてやろう…………そして、永遠に我が物となるのだ………」
その恐ろしいまでの存在感を秘めた魔王の言葉を聞きながらも、それでもアスカは怯まなかった。
「ハンッ!残念ながら、あたしに触れてもいいのはシンジだけって決まってんのよ!!あんたのモノになるくらいなら、あたしは死を選ばせていただくわ…………」
そう言って、魔王を睨むアスカ。だが、その行為は魔王の神経を逆撫でしたに過ぎなかった。
「ならばっ!死ねえい!!!!」
魔王は、そう言うとアスカに手を翳した。その手からは、神をも貫くであろう雷光が迸る。彼女は死を覚悟し、ギュッと目を瞑る。が―――
突風の刹那、轟音が響き渡る。
自身に来る筈の衝撃が来ないことを不信に思った彼女がその瞳を開くと、目の前に居た筈の魔王は吹き飛び、変わりにそこには、彼女の想い人が立っていた。
「怪我は無い?アスカ………」
その瞬間、アスカの中で張り詰めていた糸が切れた。彼女はシンジに縋りつき、そして彼女の頬を大粒の涙が流れた。
「何処行ってたのよ!このバカシンジ!!あんたが戦いに巻き込まれて死んじゃったんじゃ無いかって心配してたんだから〜!!!」
泣きじゃくるアスカをシンジは優しく抱きしめる。
だが―――
「おい……貴様ら我々を無視して何をやっている?」
魔王バリルが攻撃を受けたことを知り、怒りに燃える魔界軍王の一人、獣王ゲイルが彼らに怒鳴る。
彼は魔界随一の力の持ち主で、その拳は天を貫き、地を割る。
「我々魔族に刃向かった者たちがどうなったのか、思い知らせなければならないようですね〜〜」
そう言ったのは、剣王ギータ。
彼もまた魔界軍王の一人である。
そして―――
「バリル様の手を煩わせるまでも無い。我らが貴様らを滅してやろう………宜しいですな?バリル様。」
魔界軍王最強を誇る、冥王ヴォルラングがその口を開いた。
「ククク……いいだろう、遊んでやれ………ただ、我に攻撃を加えた奴と先程の女だけは殺すなよ?奴らには我が直々に絶望を与えてやる…………」
魔王バリルが、先程のシンジの攻撃の影響などまるで無い様子で不敵に嘲っている。
それを見た者たちの心が再び絶望で彩られる。
やはり、我々には勝ち目は無いのか、と。
「手始めにこの死にぞこないから殺してやろう………どうやらこの国の王らしいからな?それなりに強かったが、所詮は我らの敵では無い……とはいえ、コイツが死んだら貴様らのダメージは計り知れまい?」
そう言って獣王ゲイルが掴んだのは今やボロボロになりながらも、それでも生きる意志を捨ててはいないゲンドウだった。
「クッ………」
ゲンドウの口から思わず漏れる苦痛の声に兵士たちから悲鳴の声があがる。
そして、アスカからも。
「止めて!おじさまを放して!!」
だが。
「嫌だね。」
容赦の無いゲイルの声が降りかかる。
「貴様ら人間は俺様たちに殺される為に存在しているんだ!止める必要が何処にある?だが、もっと叫べ、わめけ、泣け!魔の力に恐怖し、そして死ね!!!」
そう叫ぶとゲイルはゲンドウの体に拳を振り下ろす。
様々な人の悲鳴が聞こえる中、不意に鈍い音がする。だが、それは皆が予想していたものではなかった。
「グハァッ!!!」
シンジがゲイルを殴り飛ばしたのだ。力ならば魔界最強と呼ばれている獣王ゲイルを。
「ふざけるなよ………このクソ野郎!!」
それを皮切りに、シンジと、魔王軍との戦いが始まった。だが、魔王軍はバリル以外のほぼ全てが参加しているのに対して、人間側はシンジ一人のみ。それでも、シンジは負けなかった。
「うおおおおお!!!」
咆哮とともに、シンジの周りの空気が凝縮する。凝縮され、魔力を込められた空気が、力を持った『風』となって迸る。
凄まじいまでの魔力を秘めた『風』が、辺りに居た魔物たちをズタズタに引き裂く。
「う……そ………」
呆然としたアスカの呟きが聞こえる。だが、その思いは兵士たちも、実の父であるゲンドウでさえも同じであった。
シンジと言えば、誰よりも争いを嫌い、決して剣を持とうとはしなかった、平和主義の代名詞のような存在であった筈だった。それが、魔界軍王を一撃のもとに殴り倒し、魔物たちの大群を一撃で消し飛ばしている。
「まさか………この…力は…………極光術…か?」
ふと、ゲンドウがそう呟く。
極光術。
それは、古の昔、ネルフの祖が持っていたという神の力。真なる極光の使い手はこの世の全てを支配すると言われていたが、その力が発現した者は、それ以来現れてはおらず、ゲンドウ自身も所詮は伝説に過ぎないと思っていた力であった。
それが、今、彼の目の前で、彼の息子の手により再現されていた。
―――滅びの炎よ………
全てを呑み込み、全てを灰塵と化せ!!
「ジャスティス!!!」
彼の生み出した『風』に乗って天高く飛翔した彼のその腕より、全てを焼き尽くす根源の象徴である『炎』が迸る。
現世に再び現出した根源の『炎』は、彼の眼下に居た全ての魔物たちを焼き尽くた。それはまるで、原初の世界が、再び現れたかのようであった。しかも、既に人間一人一人の周りには彼の手のよる『水』の壁が創られており、何の被害も無い。
と、天空を飛翔していた天駆ける魔物たちが彼に襲いかかる。が、彼の掌より迸った小さな『炎』が空気を呑み込み、そして天駆ける『鳳凰』へと進化する。
『鳳凰』はその翼より、『炎』の羽根を無数に放ち、魔物たちを貫く。
「……調子にのるなよ…………」
冥王ヴォルラングがそう呟き、呪文の詠唱を始める。
―――全てを統べる闇よ………
紅き死の咆哮にて、全てを呑み込め
「ブラッディハウリング!!!」
『闇』より出でし、死の狼が、紅き咆哮を上げながら、シンジに襲いかかる。その力の余波で、近くに居た魔物たちが巻き込まれて呪いに身を引き裂かれる程にその力は凄まじい。
「シンジ!!」
思わず悲鳴を上げるアスカ。彼女自身は『水』の壁に包まれている為、その呪いに身を引き裂かれることは無かった。だが、シンジに向かっているのは、余波などでは無く、その力そのもの。
―――森羅万象の理において、その力を示せよ竜!
我が行く手を遮る者全てに、極寒の裁きを与えよ!!
「ドラゴニュウムアロー!!!」
大気より出でし『水』が、『氷』に姿を変え、シンジの魔力によって無限の力を与えられる。その姿は正に『竜』。神の使いとも言われる伝説の魔獣が、吹き荒れる吹雪を纏いて、地上へと放たれる。
二つの強大なる力はぶつかり合い、そして対消滅を起こす。
そのことはシンジにとっては予想通りのことであったが、ヴォルラングにとってはそうでは無かった。
「なっ……馬鹿な…………」
自身の最強の技を破られ、呆然とするヴォルラング。それは、時間にして1秒にも満たない間のことであった。
だが、既に碇シンジは次の行動を起こしていた。
刹那、彼は『風』により、加速をつけ音速をも超える速さで地上に降り立つと、凄まじいまでに凝縮された、純粋な生体エネルギーの結晶となった『風』の刃でヴォルラングの体を両断した。
次の瞬間、ヴォルラングには死が訪れ、ここに冥王は永久に滅びた。
そして、残る剣王ギータを睨むシンジ。だが、自分より格上の冥王が殺されたことにより、既に彼に戦う意志は無くなっていた。
彼を支配していたのは、本来彼には与えるだけのものでしか無かった感情。すなわち恐怖。
「ヒッ……ヒィィィィ!」
情けない声を上げるギータ。彼には最早戦う意志は無いと判断したシンジは残りの魔物たちを一掃すべく、それまでで最大の魔力を放つ。
―――森羅万象の根源たるマナよ
今、その全てより雷を導き神の裁きと化せ!!
「カオスブレイク!!!」
シンジより放たれる『稲妻』は、辺り一面に降り注いだ。今までで最大規模の破壊領域を持つそれは、まるで原初の時、神が生み出した『光』のようでもあった。
そして、その極光に煌きが去った時、遂に魔王へと向き直る。
「残るは、お前だけだ………」
既に魔物たちの大半はシンジの極光術により消滅していた。それでも全てでは無かったが、最早、問題は無かった。
「ククク……随分と威勢の良いご様子だが、いいのかな?油断していると窮鼠に喉笛を噛み切られるぞ?」
「何?」
バリルの言葉の意味が分からずに、訝しげな表情をするシンジ。だが、バリルが応えるより早く、ゲンドウが叫んでいた。
「シンジ!後ろだ!!」
シンジがハッと振り返ると、そこにはシンジの一撃に倒れ臥した筈の獣王ゲイルが居た。
「死ねぇッ!!!!!」
渾身の力を込めて放たれる魔力を纏った拳。
凄まじいまでの力を持ったソレは、シンジにその力の全てを迸らせた。だが―――
「なっ…何だとっ!!?」
シンジは、獣王、最高の一撃にもまるで動じず、その右拳に力を込め、一言、
「ジャスティス!!!」
と唱えながら獣王にその右拳を撃ち込んだ。
次の瞬間、音も無く消滅するゲイル。
「これで、終わりだ………」
そう言って、三度魔王と対峙するシンジ。
「いいだろう……合格だ………貴様には特別に全力の我と戦う資格を与えてやろう…………」
そう呟くと、バリルは魔力を開放する。
そして―――
「カイザーフェニックス!!!」
と叫び、先程シンジが出現させた『鳳凰』と全く同じ炎を作り出し、放つ。
「!!?クッ……みっ…『水』よー!!!」
シンジは自身の持てる『水』の力を最大限に開放し、カイザーフェニックスを防ぐ。何とか凌げたものの、明らかにその表情は驚愕に色に染まっていた。
「馬鹿な……何故、貴様も極光術を使える!!?」
シンジがこの戦いで始めて浮かべる驚愕の表情を見て気を良くしたのか、バリルは珍しく、人間の問いに答えた。
「ククク……簡単なことだ………貴様が真の極光術の使い手なら、我は闇の極光使い。ならば、貴様が使える技なら我も使える。そういうことだ…………こいつは、どうだ?貴様には使えぬ闇の力だ………カラミティエンド!!!」
自身の持てる『闇』の全てを込めた、世界最強の手刀と振り下ろす。
「クッ!!」
シンジは今まで一度も抜くことの無かった剣を遂に抜き放ち、それを受け止める。
「ホウ……カラミティエンドを受け止めるとはな………やるじゃないか。」
馬鹿にしたようなバリルの声に激昂するシンジ。
「舐めるなぁ!!!!」
刹那、シンジから『風』が放たれる。幾重にも重なる、『風』の刃が、バリルに襲いかかる。
「カラミティウォール!!!」
バリルより放たれる衝撃波の障壁が、『風』の刃の行く手を阻む。だが、シンジの攻撃はそれで終わった訳では無かった。
―――大いなる大地を支配する神よ
今こそ我が声を聞き、森羅万象の裁きを与えよ
「アースクエイク!!!」
突き上げる地面の衝撃が、カラミティウォールを打ち砕き、そのままバリルをも呑み込んで行く。
「まだまだだ!」
シンジはそう叫ぶと剣を振りかざし、そこに『風』を凝縮する。先程、冥王を打ち倒した時とは比べものにならないほどの力がそこに収束する。
「喰らえ!!!」
刹那、シンジは剣を振り下ろす。そして―――
「ジャスティス!!!」
滅びの『炎』の煌きが、シンジの掌より迸る。凄まじいまでの力の奔流が、空間までにも影響を及ぼし、歪みを生じさせていた。
「ハアッハアッハアッ!!」
さすがに魔力を使い続けて疲れを見せるシンジ。だが、目だけはただひたすらに前を見つめて、鋭く輝いていた。
周りに居る人間たちも、シンジの『水』の障壁を纏ってはいるものの、さすがに今の衝撃は無視出来るものでも無かった。
「クッ……魔王は……魔王はどうなったの?」
衝撃に一瞬気を失いそうになりながらも魔王を探すアスカ。願わくば、これで終わっていて欲しいと祈りながらも。だが―――
「ククク………」
薄ら笑いと共に、姿を現すバリル。だが、さすがに今の攻撃を喰らっても無傷という訳にはいかず、満身創痍といっても過言では無かった。
「このくだらない戦いも、そろそろ終わりにする時が来たようだ………貴様らは、俺を怒らせた…………その罪、死で償え!!」
そう言うとバリルは闇の極光術の最強の技を解き放つべく詠唱を始める。
―――全能たる魔の力よ
漆黒の闇にてこの世界を覆い、
森羅万象全てに虚無を与えよ
「これで………終わり……だな?」
最後にシンジたちに向かって言い放つバリル。その口調は既に勝利を確信していた。
一方、シンジは焦っていた。今までの戦いは、こちらに優勢であった。だが、この一撃は、その全てを無かったことに出来る程に凄まじい。
闇の極光に対抗出来るのは、真の極光術のみ。だが、シンジはその全てを極めた訳では無かった。
それも、仕方が無いことではある。そもそも、極光術とは神の力。かつて、存在した神や、数千年生きた魔王だからこそ使える術であって、ただの人間に使いこなせる業では無い。嘗てのネルフの祖も、今のシンジには遠く及ばないレベルでしかなかった。
だが、シンジには仕方が無い、で済ませられる問題では無い。
己の全てと引き替えにしても護りたい人が居るのだ。彼女の微笑みを見ることだけが、彼にとって唯一の至福の時であった。しかし、今は未だ想いも告げてはいない。何より、彼女を死なせる訳にはいかない。
―――そう、死なせるものか!
正直、絶望的な状況であった。諦めてもおかしくは無い状況だった。だが、シンジは諦めない。戦う意志も、希望も捨てない。全ては彼女を失わない為に。戦う理由など、それだけで良かった。
「お前たちも良く頑張った……正直、ここまで我らがやられるとは思ってもみなかったよ………だが、これで、終わりだあ!!!!」
「ディストーション!!!!!」
不意に空間を満たす闇。それはこの国、否、大陸の全てを覆い尽くし、そして消し去ろうとしていた。
だが―――
―――死なせるものか!死なせてなるものか!!
シンジは諦めない。己の持てる、『炎』、『水』、『氷』、『土』、『風』、『雷』。その全ての力を最大限に開放してその闇の侵食を押し止めていた。
だが、徐々に押されて行く。闇の極光に対抗するには真の極光、すなわち、『光』の力が不可欠であったからだ。
だが、
シンジに、『光』は
生み出せない……………
―――イヤだ……もう二度と大切な人を失うのはイヤなんだーーっ!!!!
シンジの心からの叫びも、闇の極光には通じない。だが―――
―――大切な人を護る為の力が………欲しい………
シンジが心の底からそう願った時、新たなる扉は開かれた。
―――力が欲しいか!!
(なっ……なんだ?)
不意にシンジの頭に声が響いた。それは、何処か懐かしい………暖かい声。
―――我は待っていた……
我が主君が何よりも強い仁愛の心を持つことを………
我が力を得るに相応しい資格を持つことを!!!
さあ……我が力を持って、そして奴を討て!!!!
瞬間、シンジは自身の内に漲る『光』の力を感じた。全てを凌駕する、究極の極光を。
今の自分になら何も出来ないことは無い…………そう感じさせる力だった………
(何だ?これは?)
バリルは、不意にシンジの力が高まって行くのを感じた。不完全なものでしか無かった、真の極光の力が、究極の名に相応しい、完全なそれへと変貌して行くのを…………
(何なのだ?この感情は………まさか、これが恐怖というものなのか?)
そう、バリルは恐怖していた。シンジの秘めた未知なる力に。人間の持つ、無限の可能性に。
「!!認めぬ!認めぬぞ!!!我は魔界の支配者、魔王バリルなり!!!!」
バリルはそう叫んで自らを鼓舞し、更なる闇の極光を放つ。
二つの相反する極光の力は互いにぶつかり合い、そして―――
後に残ったのは、
碇シンジであった。
「やった………」
不意に、兵士の誰かが呟いた。
あまりの人間離れした戦いに、ただ傍観するしか出来なかったが、それでも死力を尽くして戦ったということも、そして護るべき者を護りきれたということに対する喜びは一緒であった。
「やった〜〜!!王子様が……シンジ様が、魔王を倒したぞ!!!!!」
その言葉を皮切りに口々に勝利の喜びを表す兵士たち。その喜びは、先の遠征で勝利した時の比では無かった。
「シンジ〜〜!」
そう叫びながら彼の胸に飛び込んで来たのは、アスカ。
彼女もまた喜びに涙を流している。
だが、彼女の涙は勝利の喜びよりも、ただ単に、シンジが生きていたから、といった理由によるもののほうがより大きかったろう。
「良くやったな、シンジ……そして………」
彼の背後からそう言ったのはゲンドウ。
「良く生き残った………私はお前を誇りに思う…………例え、魔王を倒したという事実が無かったとしてもな?」
喜びに涙を流す二人の言葉を、だがしかしシンジは静かに否定する。
「いや……二人とも………まだ終わってはいないよ…………」
「何だと?」
「どういうこと?シンジ。」
シンジの声に疑問を抱いたのは彼らだけでは無かった。
「どういうことですか?シンジ様。」
「魔王は死んだのでは無いのですか?」
シンジは彼らの疑問に答えるべく、再び口を開いた。
「いや……魔王は、未だ、生きている………」
シンジのその言葉に、皆が驚愕の表情を浮かべた。シンジは続けた。
「奴が消えたその瞬間、それでも僕の極光の力は、戦いの意志を捨てなかった………無意識の内に感じていたんだ……奴が……未だ、生きていることを………奴と同じ極光の使い手である僕にはそれが分かるんだ。」
シンジがそう言うのと同時に、辺りに声が響き渡った。そう、今、彼らが最も聞きたくない者の声が。
―――フハハハハ!よくぞ見抜いたな?碇シンジ!!
今日のところは、ひとまず退いておいてやろう!
だが、あの程度の力では絶対に俺は倒せん!!
絶対にな!!!
フハハハハハハハハ………………
と、シンジが極光の力を行使する。すると魔王の声は消え去った。だが―――
(確かに……今の僕の力では、魔王を倒すことは出来ない……………)
シンジは、そのことを確かに悟っていた。
「シンジよ……どうしても行くのか?」
そうシンジに問い掛けたのはゲンドウであった。
今、城や街では復興の為に、皆が勢を出して一生懸命働いている。
確かに、魔王は死んではいなかった。が、それでも彼らは確かに勝利したのだ。その事実に変わりは無い。
その為、今二人が居るのは彼らにとって、最も大切な者の眠る、誘いの森であった。
二人だけで静かな分かれを告げるが故に。
「うん……奴が闇の極光使いである以上、奴を倒せるのは真の極光術の使い手である僕だけだ………だったら、僕がやるしかないよ。それに…………」
護りたい人が居るからね、とシンジは笑顔で付け加えた。
それはゲンドウにも分かっていたことだ。最早、今のシンジは決して決意を翻さないであろう。先程の問いも、質問では無く、確認のためにしたものだった。だが―――
「アスカ君は、いいのか?」
ゲンドウのその問いに、シンジは一瞬、その表情に陰りを帯びる。だが、直ぐにそれを振り払って告げた。
「……うん、いいんだ………アスカにこのことを言ったら、きっと彼女はついてくる………僕は、彼女は危険な目にはあ「何勝手なこと言ってんのよ、バカシンジ!!」」
シンジの言葉を途中で遮ったのは、他ならぬアスカであった。
「なっ……アスカ………どうして…………」
シンジは誰の目にも明らかな程、驚愕の表情を浮かべている。
「あんたの考えることなんて御見通しってことよ!ったく………なんでも自分で背負い込もうとするんだから…………あんただけ、なんて心配で行かせられないわよ!あたしも付いて行くからね!!」
アスカのその言葉に、しかしシンジは拒絶の言葉を吐く。
「駄目だよ、アスカ………僕は君をっ……!!?」
不意にシンジの言葉がアスカの唇のよって遮られた。自らのそれでシンジのそれを塞いで。
「あんた勝手なことばっか言ってんじゃないわよ!あたしの幸福はあんたの側にしか無いの!!………一人は……嫌なの…………」
そう言うアスカに暫し押し黙るシンジ。
「勝てるとは……限らないんだよ?アスカ。それでも…………」
シンジのその言葉に最後まで言わせずに言葉を紡ぐアスカ。
「何度も言わせないの!それに…………」
そこでアスカは一端言葉を切る。
「……あたしは、あんたのあの『光』に希望を見た!!」
アスカのその言葉にシンジは戸惑いを浮かべる。
「あれは、咄嗟に…………」
だが、またもアスカは最後まで言わせない。
「偶然であれ、未完であれ、あんたのあの『光』が魔王を怯ませた一撃であったことは確かでしょ?あたしは……あの『光』を信じる………!!」
アスカのその言葉に、シンジはもう何も言わなかった。
そこに、アスカの決意を見たのと…………何より、自分もアスカには付いて来て欲しかったから。
「やれやれ…………」
諦めの言葉を、でも何処か嬉しそうに言うシンジ。それを見て一緒に微笑むアスカ。
「じゃあ、父さん。行って来るよ…………」
シンジのその言葉にゲンドウは力強く答える。
「……ああ!………アスカ君……シンジを宜しく頼む。」
ゲンドウのその言葉にシンジは微笑み、アスカは軽く頭を下げる。そして、二人は歩き始めた。
もう、後ろは振り返らない。
二人の目に映るのは、前だけ。
「じゃあ、まず何処に行こうか?」
「あ、だったら…………」
二人の楽しげな声が聞こえてくる。普段の城での風景そのままに。
ただ、一つだけ違うことは、ほんの少しだけ、二人の距離が縮まったこと。
たった三人での別れ。
だが、風の薫るこの場所での別れこそが二人の旅立ちだった。
そして…………
伝説は、
始まった。
これが、シンジとアスカの物語の始まり。
この後、二人の前には数々の困難と、冒険、そして幸せが待ち受けているのだけれど、それはまた別のお話。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
>後書き
どうも、初めての人ははじめまして、そうで無い人は御久しぶりの、ミカエルです。
暫しの間、ネットから遠ざかっていたので、これがリハビリのようなものですが…………疲れました。
何せ僕の作品の中でも間違い無く最長のものですから。
ともかく、疲れました。
なので、あんまり長く後書きは書けません。
ただ、一言だけ。
この物語の続きは、何時か何処かで書いてみたいと思っていますので、その時はまた宜しくお願いします。
感想、御待ちしていますので。
あ、未だ感想メールの返信、出せていない人、すみません。もうそろそろ書けると思いますので。
では…………
デニム「ミカエルさんから、ご投稿をいただきました。ありがとうございます」(^0^)
シンジ「すごく上機嫌ですね。この作品が気に入りましたか?」
デニム「それはもう、こういうファンタジー物大好きなんです」
シンジ「それでは、次回も楽しみというわけですね」
デニム「ええ、この次からの作品も頑張って書いてほしいです」
シンジ「では、今日はこのあたりで終わりにしましょうか」
デニム「そうですね、それでは本日はありがとうございました」(^^)
ミカエルさんの感想はこちらへお願いします。
harllemdunksato@mtj.biglobe.ne.jp
[PR]動画