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交差点から走る何台もの車。自転車、そして人。
どこにでもある、平凡な光景。
仕事のある、ないに関わらず早足で人は歩く。
人口密度の高い所では珍しいものでもない。
そこにあたりをきょろきょろと見渡すおばあさんがいた。
「あ、ちょいと、そこのお嬢さん」
目の前に、横断歩道の青信号を待つ女性に声をかけた。
後ろから見た感じでは、少し女としては長身で髪も茶色で染めている。
だが彼女は身動き一つしなかった。
「…お嬢さん?」
車の騒音で聞こえないのだろうか、おばあさんは
少し声を高くし呼びかける。だが彼女はまだもこちらを見ない。
2人の距離は3メートルもない。ちゃんと聞こえているはずである。
そのとき信号は青になり、彼女はさっさと渡ってしまった。
「…なんて子だい」
無視をされ、機嫌を悪くしたおばあさんは怒った口調でつぶやき、
しかたなくまた近くを通ってきた人に道を聞いていた。
Obstacle
Wall
…私は、生まれてから『声』を聞いたことがありません。
周りの人が何を喋っても、私には理解できませんでした。
『音』さえもわからない私は、『言葉』を話すことも出来ません。
最初は、私がみんなと『なにか』が違うんだと嘆いたこともありましたが、
私は小さいときからそうだったので、今はもう別に気にはしていません。
たぶん、途中から『音』を聞けなくなった子よりは運がよかったのかもしれません。
それで不自由な点がないわけではないのですが…
しかし、耳が聞こえなくても私は『文字』を書くことが出来ました。
初めて母と会話できたときは、本当に嬉しかったのを覚えています。
両親は必死で資料を探して、私に勉強を教えてくれました。
一年が経ち…二年が経ち…楽しい毎日でした。
そんな私も成人して、就職をしようとした私ですが、
耳の聞こえない私を雇ってくれる所はありませんでした。
それに、私が外国人という点でも認めてくれる所がありませんでした。
私は1/4日本人の血が流れていますが、やはりダメでした。
それで、私は『文字』を書くことでなにか出来る仕事がないか探しました。
それがパソコン関係の仕事でした。必死に勉強もしました。
苦労が実り、先日あるコンピューター会社が正式に雇ってくれました。
そして今日が、仕事をもった私の…始まりのスタートでした。
「え〜、本日より我が社に来ることになった、惣流・アスカ・ラングレーさんだ」
身なりの良い、上司が彼女を集まった社員に紹介した。
「彼女は耳が聞こえないそうだが、多少の言葉はわかるそうだ。
何かと助けてあげてほしい。それでは…」
そのとき、すっと彼女は前に出た。
「あ…………み………ん………よ…ろ……お…」
何かかすれるような声でぺこりと彼女は頭を下げた。
彼女は挨拶をしようとしたのだろうか?
周りの社員はそれを見るなりさっさと解散してしまった。
「………」
彼女は、その様子を複雑な表情で見つめていた。
上司は、そんな彼女の肩に手を置いた。
「…頑張りなさい」
彼女は、上司の笑顔に“頑張れ”とわかったのか、再度お辞儀をし、
前に歩くと妙に新しい机に座った。
「…………」
彼女は席に座るとしばらく荷物を整理する。
そう、今日からこれは“彼女の机”なのだ。
彼女はしばらく自分の机を見つめてが、
はっとなって机の上に置いてある書類を見る。
そこには彼女の“仕事”の内容が記されていた。
「………」
彼女はすぐに自分のノートパソコンを使い、
作業に入っていった。
カタカタ…カタカタ…
規則正しいキーボードのはじく音があたりに響く。
それを遠巻きに見ていたほかの社員も少なからず興味を持つ。
なぜ上司が“声”の出せない彼女を採用したか…
そんな思いを持っている者たちは作業をこなしながら彼女を見ていた。
「どう思う?彼女のこと?」
「そうさなぁ…美人で…たしかに腕はあるように見えるが、
なんかとっつきにくい気がせんでもないな…」
「そうか?でもたしかにあんな美人見たことないな」
「そうね、あんなに綺麗なんだし…うらやましいな」
「でもなんか、話しにくいわね…あの子」
「澄ました顔しちゃって…本当は喋れるんじゃないの?」
ぽつりぽつりと彼女に対する言葉が現れる。
尊敬のまなざしもあるが、そうではない意見もある。
彼女には何を言っても聞こえない…すぐ隣の
席のものまで何か言っている。
カタカタ…カタカタ…カタンッ…
彼女は周りのこととは関係なく仕事を続けていたが、
不意にその指を止め、左肩を見る。
そのまま彼女は視線を上に上げた。
そこには多少若い男性社員が十数枚の書類を持って立っていた。
どうやら彼女の左肩を手でたたいたようである。
「ちょっといいかな?」
彼女は椅子を回し、その男に向き直った。
「これ、お願いできる?」
彼は書類を彼女の目の前に見せる。
作業の内容もその隅に挟まっていた。
それを彼女に手渡す。
「じゃ、頼むよ」
男はくるりと後ろを向いて自分の席に戻ろうとした。
しかし、彼女は彼の袖を引っ張った。
「な、何かな?」
彼は立ち止まって彼女に向き直る。
すると彼女はメモを取り出し、何かを書いて彼に手渡した。
「……それはね、こうして…」
どうやら仕事内容の質問らしく、
彼は彼女から受け取ったメモに質問の答えを書いて、
彼女に手渡した。
「それじゃ、僕はこれで…」
くるりと背中を向けて席を戻ろうとする男の袖をを
彼女はまた引っ張った。
「こ、今度は何?」
戸惑う彼を一瞥し、さらさらと彼女はメモを書いて彼に手渡す。
「ええと、これは………もう、いいよ」
彼は彼女に渡していた書類を取った。
「自分でやったほうが早いから…」
彼は急ぎ足で書類を持ったまま部屋を出て行った。
「…………」
分かっていた事だったのに…もし自分が言葉を交わせたら…
『言葉』が交わせない…その重みをまたここでも…
何度そう思ったかわからない。悔しさと…やるせなさと…悲しさで…
私は…このままここできちんとやっていけるの?
やっぱり…でも…私は…私は…
彼女は、ただただ先ほどのやり取りを思い出しては悔いていた。
だが、悔いても…悔いても…変わるわけがなかった。
耳が聞こえるようになるはずもなかった…
それからはほぼ、無意識だった。あの場にいたくなかった。
彼女は自分の書類を持って部屋を後にした。
その時、彼女は俯いていたため目の前の彼に気がつかなかった。
「わっ!」
「…!?」
その衝撃で、彼女の持っていた書類はばらばらと床にこぼれた。
彼女はすぐに書類をかき集めた。
「あ〜、ゴメンね。拾うの手伝うから」
彼女は返事をしない…いや…できない。
だが彼は彼女のそぶりにはさほど気にかけなかったようだ。
最後の一枚の書類に、2人の手が重なった。
刹那、2人の目が合った。
「「………」」
彼は慌てて手を引っ込め、彼女を見やった。
「ご、ごめん…その…」
胸のプレートには「惣流・アスカ・ラングレー」と記されている。
逆に彼女もまた、彼を一瞥する。胸には「碇 シンジ」と…
彼女はペコリとお辞儀をし、彼女は書類を持って角に消えた。
「……無口な子なのかな?」
彼は頭を掻いて、彼女が消えた角をしばらく眺めていた。
私は…『声』が聞こえないけど、相手の『目』と『表情』で感情が少しはわかります。
さっきも、何か話をしていた人達も…私を思わしくないと思っていたのでしょう。
でも、さっき会った「碇 シンジ」さん…いままで会った人の中で…すごく綺麗な…
お母さんや…お父さんみたいに…本当に…澄んだ目をしていました。
これが…私と彼の…最初の出会いでした。
デニム「皆さん、ついに出来た新作はどうでしたか?」
シンジ「耳が聞こえない…障害の話ですか?なんか斬新ですね」
デニム「はい、世界には耳が聞こえない人、目の見えない人がたくさんいます。
近くにそれがいない人にはあまり関心のない話かもしれませんが、
この作品を読んで障害を持った人々に『自分がなにか出来ないだろうか』
と思ってくれれば私、これほど嬉しいことはありません」(^^)
シンジ「デ、デニムさん。あとがきでそんな長台詞…」
デニム「あらあら、失礼しました」(笑)
シンジ「それにしても、久しぶりのSSですね」
デニム「…何ヶ月ぶりでしょうか。自分のHPに作品を載せられるのは」
シンジ「本当、『投稿がメイン』からの脱出の糸口になればよいのですが」
デニム「そうですね…じゃ、そういうことで」
シンジ「あれ?もう帰っちゃうんですか?」
デニム「今、すっごく忙しいので…ではまたお会いしましょう」(ピュ〜ッ!)
シンジ「…行っちゃった…ではご感想など、よろしくお願いします」(^^)
デニム・パウエルへの感想、意見などはこちらへ
namiko-w@axel.ocn.ne.jp
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